何度目かわからない呼び出し音が鼓膜を揺らして、仕方なく諦めようとした時になって、ようやく孝介は電話に出た。

「もしもし?」
「ああ、やっと出た」
「わり、気付かなかった。なに?」
「金魚がさあ、ついに死んだ」
「金魚?」
「むかしさ、孝介がお祭りで」
「うわ、あれまだ生きてたのか」
「そうそう、さっき死んじゃったけど」

多分小学校五年生くらい、夏で、近所でやっていたお祭だった。お互い家族に見放され連れていってもらえず、変に意気投合して二人して行ったお祭。そこで孝介が一匹だけ掬ってくれた金魚。今思い出しても、なんとなくきらきらと輝いている思い出だ。縁日の金魚は寿命が短いからすぐに死んでしまうかなあと思っていたけど、五年も生きた。そりゃあ愛着も湧くもので、わたしはそれなりに悲しくて、きちんと弔ってあげようと思いついたのだ。

「お墓作るからさ、手伝って」


八月も終わりだというのに、夜もまだ暑く、纏わりつく湿気がうっとうしい。左手のバケツには水に浮く金魚の死体。右手にはスコップ。わたしのななめ後ろにはちんたらちんたら歩く孝介。孝介の右手にはガリガリくん。シャリシャリとおいしそうな音が耳障りで、いっそこいつも一緒に埋めてやろうかという考えが頭をよぎった。

「どこに埋めんの、金魚」
「えー、小学校の近くの空き地」
「ああ、っていうか俺いらなくね?」
「一人だったらなんかいろいろ可哀想じゃん、わたしが」
「たしかにな、かわいそうっていうか不審者だな」

バケツの中の水がたぷん、と鳴って左手が軽くなった。ガリガリくんを食べ終わったらしく、孝介はバケツを持ってわたしの隣に並んで歩き始めた。

「めずらし、っていうか気色悪い」
「帰りにお前んちのアイスもらいに行く」
「あっそ」

水の中で揺らめく、金魚の白いおなかを眺めた。そこには小さいけれど、確かに「死」というものが存在していた。

「死んだら、星になるとか言うよね」
「は?」
「なんかよく言うじゃん、子供とかに」
「どうした、お前もたいがい気持ちわりいぞ」
「うっさい」

小さな金魚の小さな死は、色んなものの終わりを示しているように思えた。いのちの終わり、あのきらきらとした思い出の終わり、夏の終わり。

「夏もそろそろ寿命ですかね」
「お前ほんとどうした」
「いや、学校始まるのが嫌なだけ」

たぷん、とまた水が鳴った。そこの角を曲がればもう空き地だ。昔から、そして今も小学生の遊び場になっているその場所は、今日からわたしの中で墓場になる。金魚の、思い出の、夏の。

「つーか夏に寿命もクソもねえよな」
「ん?まあ、でもほんとに夏は終わりだし」
「終わりっつーか、過ぎるだけだろ」

1年経てばまた夏だし、高校球児みたいなこと言ってんなよ。そう言って、孝介は小さい頃から変わらない、わたしを見下したような呆れたような顔で笑った。

「現役高校球児がそれを言うか」
「はは、確かに」

小さな重さに疲れたのか、孝介はバケツを左手に持ち替えて、右手にわたしの手をとった。それはとても久しぶりの感覚だった。もしかしたら、あのお祭り以来かもしれない。

「金魚は来年にでもまたとってやるよ、金はお前持ちで」
「そりゃどうも」

すこし汗ばんだ孝介の手のひらは、いつの間にか大きくなって、昔のように柔らかくはなくて、すこし骨張ってざらざらとしていた。けれど同じ手のひらだ。金魚は死んでしまったけれど、あの思い出は生き続けて今もここにある。きれいな星などにはなれずに、ぼんやりと積み重なってゆくだけだ。







磯部さん主催
「誰かが寂しいと言った」提出
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