高校に入学して、あと少しで1年が過ぎようとしている。回ってくるかどうか微妙だった日直は、ぎりぎりのところで回って来てしまった。外では雪がちらついていて、人の居なくなった教室はいつも以上に寒く感じた。

「あと日誌書くだけだから部活行って来ていいよ」

窓の外に向けていた視線を、ちょうど黒板の掃除を終えた水谷の方に向けてそう伝えた。水谷は一瞬だけ納得したような表情で口を開きかけたけれど、すぐに何か思い返したように「いや、いいよ」と遠慮の言葉を口にした。

「今日結構寝てたっしょ、多分一人じゃ書けないよ」
「ああ、確かに…」

どんだけわたしのこと見てんの?と自意識過剰な思考に陥りそうになったけれど、よく考えてみれば水谷の席ははわたしの斜め後ろだから、そこからは嫌でも視界に入ることに気がついた。

「っていうか水谷も寝てたんじゃないの?」
「うん、俺もわかんないとこあるけどそこは、」
「わたしも寝てたりして」
「・・・そこは、適当に書いとこ」

ね?と笑う水谷に「まあそうするしかないよね」と笑い返してわたしはペンを動かし始める。日付、天気、記入者。所々わからないところは水谷が言う内容をそのままそこに書き出していく。作業は思ったよりもスムーズに進んで、日誌の空欄はみるみるうちに埋まった。残す所はコメント欄だけ。

「そういえばさ」

頭の上でなった声に顔を上げる。水谷は目線を日誌に向けたまま話を続ける。「最初は、阿部のこと好きなんだと思ってた」

話の筋を読むための間をすこし置いて言葉を返す。

「わたしが?それともまさか水谷が?」
「俺がだったら気持ち悪すぎだよ、やめてー」
「冗談だって。でもなんで?」
「んーなんとなく。あと中学同じって聞いたから?」
「短絡的すぎるでしょ。高校入ってからだよ、話すようになったの」

「ふーん」と相槌をうったあとに黙ってしまったから、別になにも悪い事は言っていない筈なのにと思いつつも、水谷の表情を伺った。俯き気味で見えにくい表情は 怒っているようでも悲しんでいるようでもなかった。ただやんわりと、すこしだけ笑っている。よくわからないけど少し安堵して、わたしも質問を投げかける。

「なんでいきなりそんな話?」
「いやあ、なんかこうやって二人っきりなの久しぶりだから感慨深くて」
「すみませんねえ、暇人が忙しそうにしてて」
「いえいえ、とんでもない」

確かによく考えれば水谷の言う通りだった。ここのところわたしも少し忙しくて、水谷はもちろん野球部があって、ふたりでこんな風にゆっくり話せるのは久しぶりだった。
再びペンを動かして、最後のコメント欄を書き始めたわたしの右手、とは反対の左手に水谷の右手がふわりと乗っかった。触れた部分からやわらかい体温がじんわりと伝わる。クラス替えしたくないなー。机に身を伏せながら水谷が呟く。

「わかんないよー、もしかしたらまた一緒のクラスかもしんないし」
「そうですねー」
「クラス別でも会えなくなるわけじゃないんだから」
「そうですねー」
「喧嘩売ってる?」
「また、一緒だといいな」

左手に乗っかっていた水谷の手は、いつの間にかわたしの手を絡めとっていた。触れている面積がさっきよりも広くて心地よい。

「そうだね」

そう答えたあと、書き終えた日誌を閉じて、わたしも机に身を伏せた。


重なりますように


磯部さん主催「めいめいの春」提出
ありがとうございました!

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