ぬるくなってしまった缶コーヒーを飲み干してため息を吐いた。今年は温かい日が続いたけれど、年の瀬にもなれば息はいよいよ白くなる。かれこれ30分ほどこの駅前のロータリーで待ちぼうけを喰らっているのだけれど、毎度のことだからさして腹も立ちはしない。1時には着くと言っていたのはどこのどいつだと呆れはするけれど。ガタンゴトンとホームに電車が入って来る音がして、次はどうだと改札の方向をじっと観察する。わらわらとした人ごみから少し遅れて見覚えのあるひょろりとした猫背がこちらに向かってくるのが見えた。

「よ、お待たせ」
「はい、お待たされました」
「今日の迷った話聞く?」
「聞いてたら夜になりそうだから遠慮しとく」
「いいじゃん、時間はたっぷりあるし」
「限りあるお正月休みをそんなんで潰されたらたまったもんじゃないです」

さいですか、とゆるく笑う三之助の手を引いた。外気で冷えたわたしの手は三之助の体温でじんわりと溶ける。ここ最近の互いの出来事を話しては時々笑いながら家までの道を進む。今日からお正月明けまで、ずっと一緒に居られると思うとなんだかくすぐったい気持ちになるけれど、それを悟られたくはないから一歩前を歩く。遠くに見える山の頂は白く染まっていた。三之助がこちらに居る間に雪は降るだろうかと考えていると、三之助も同じ事を考えていたのか、「雪降んねえかな」とぽつりと言った。

「さみー、鍋食いたい、キムチ鍋」
「鍋は明日ね、年越し鍋」
「今日は?」
「カレー作ってあるよ」
「おーたのしみ」

古いアパートの階段を上がって部屋の前まで来ると、換気扇を消し忘れていたせいでカレーの匂いが外まで漏れていた。カレーくせえ、と笑う三之助に体当たりをするとそのまますっぽり抱きとめられる。

「ちょっと、鍵開けるからじゃま」
「んー」
「せめて腕を解放してくれませんかね、早く部屋入ろ」
「はいはい」

とりあえず自由になった手で鍵を開けると、三之助に後ろから押される形で部屋に入る。扉が閉まると部屋はたちまち薄暗くなって視界が悪い。電気を付けようとしたところで体をくるりと反転させられて今度は正面から抱きしめられた。

「なんなの」
「いやあ、やっぱ一緒のところに帰るのは良いなあと思って」
「けっこんしたくなっちゃった?」

冗談めかして笑ったけれど、返ってきたのはひどく長く感じる沈黙のあとの「うん」という一言だった。低くやわらかく響くトーンだ。

「今すぐはどう考えても無理だけどなるべく早く」
「…大学卒業してから言ってくださいよ留年野郎」
「返す言葉もございません」

はは、と乾いた笑いを漏らす三之助の顔を見る事が出来ずにその胸に顔をうずめておく。えらく熱を持ってしまった顔が早く冷めないだろうかを思いながら、先ほどの三之助の言葉を反芻した。なるべく早く。その言葉を信じても良いのなら、待ちぼうけなんていくらでも喰らってみせる。

<111210>
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