「あ、立花くんだよ」

教室の後ろのドアの方を見て友人が言う。別に毎日顔を合わせている幼なじみなので、わざわざ見る必要もないのだけれど、話の流れでわたしも後ろを振り返る。見ればうちのクラスの中在家くんと話をしているようだった。それを少し眺めて手元の雑誌に視線を戻す。

「今日も麗しいねえ」
「遠目から見りゃねえ」
「近くで見ても綺麗な顔してるじゃん」
「性格ひん曲がってるからね、あいつ」

幼い頃から数えきれないほど受けてきたナイフのような言葉と鈍器のような嫌がらせを思い返して乾いた笑いが漏れる。いくら見た目が麗しかろうが、性格があれではなと思う。昨日だってわたしの傘を勝手に使って帰りやがった。事務員のお兄さんが通りかかって傘を貸してくれたからよかったものの、雨が降る放課後の下駄箱での絶望感はひどいものだった。その後悪びれもなく事後報告をしてきた時の奴の顔を思い出しいよいよ怒りが込み上げる。それを発散しようと「昨日だってさあ、」と口にしたところで、友人が「あ、」と声を上げる。

「お呼びみたいだよ」

再度振り返れば、仙蔵が手招きをしている。さっきまでいた中在家くんの姿はもう見当たらなかった。大きくため息を吐くと友人はくくくと笑って、いってらっしゃーいと手をひらひらとさせた。

「なに」
「何をそんな不機嫌そうな顔をしているんだ」
「昨日の自分の行動を思い出せば頭の良い立花くんはすぐにわかるんじゃないですかね」
「なんだ、まだ怒ってるのか。謝っただろう」
「悪い、の三文字だけね!せめて六文字!ごめんなさい!」
「それよりお前携帯見てないのか?」
「無視!ってなに携帯?」

けいたいけいたい、と制服のポケットに手を入れてみるけど指先に当たるのは鍵の感触だけだった。

「あ、家に置いてきたかも」
「やっぱりな。おばさんから伝言だ」

ずい、と出された携帯の液晶にピントを合わせる。今日は出かけるので立花家で夕飯を食べてください。はあ、わかりました。

「で、うちの母親からは質問だ。何が食べたい?」
「んー、なんだろ」
「よし、牛丼だな、伝えておく」
「それあんたが食べたいだけでしょ」

いやおいしいけれども。麗しの立花仙蔵くんが牛丼ねえ、と思い思わず苦笑いを漏らす。「なんだ、嫌なのか?」と聞いてくる仙蔵に「嫌じゃないよ」と答えると「じゃあ決まりだな」とご満悦の表情である。

「用事そんだけ?」
「ああ、あとな」

詫びだ。と渡されたのは傘型のチョコだった。えらく懐かしいものである。

「え、なんなの?」

疑問には答えずに満足そうに笑ってそのまま仙蔵は帰って行った。麗しいねえ、と手のひらに乗る傘を眺める。怒りはもうどこかに消えている。遠目から見る麗しさはわたしにはあまり理解出来ないけれど、近くにいるからわかるこの愛おしさならずっと前から知っている。

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テーマ「人外ファンタジー」
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