がつん。
鈍い音が耳に届くと同時に頭が揺れて、わたしは情けなくも地面に膝をつく。数秒間、頭を抱えてのたうち回っていると、下級生特有の高い声が「すっ、すみませーん!」と叫ぶのが聞こえた。

「だだだだ大丈夫ですか!?」
「うわあ、先輩大丈夫ですか?」

涙目になりながら、どうにか目線を声の方に寄越すと、顔を真っ青にして慌てている団蔵と、心配しているというよりちょっと引いている、といった表情の三木エ門がこちらを覗きこんでいた。

「なに、なにが、飛んできたの」
「お、お気の毒ですが会計委員の10キロそろばん・・・」
「えっ、逆に聞くけどわたしの体大丈夫?頭もげてない?」
「の、軽量版である一般的なそろばんです」
「なら良かった・・・良くないわ、めちゃくちゃ痛いわ」

なんでそろばんなんかが飛んでくるの、と頭巾を外して頭をさすると、ぬるりとした感覚が指先に伝わった。嫌な予感がするな、とその手を顔の前に持ってくると、やはり指先が赤く染まっている。

「うわ、血が出てる」
「え、大丈夫ですか?」
「角が当たったかな」

今度は本当に心配そうな表情で尋ねる三木エ門に「まあこぶにはなってるし大丈夫じゃない?」と答える。もう一度後頭部を撫でてみると、やはりそろばんが当たったであろう場所がぽっこりと腫れていた。

「保健委員呼んできましょうか」
「いいよ、自分で行く」
「でも頭打ってますし、一応、あんまり動かない方が良いんじゃないですか?」
「ああ」

それもそうか、と三木エ門の言葉に納得していると、右側から「せ、せんぱい」と震えた声がした。そちらに顔を向けると、真っ青な顔をした団蔵が手をあわあわと動かしていた。

「ほ、本当にすみません、おれ・・・」

察するに、血を見たことでいよいよ自分がとんでもないことをやらかしてしまったのではと思い始めたらしい。学年が上がるにつれ、自分や他人の血を見ることなんて珍しくもなんともなくなるものだけれど、入学して間もない一年生には一大事なのかもしれないなあ思った。少しかわいそうで、そしてその純粋さがかわいらしくてからかいたい気持ちがわき上がる。慣れているといえども、痛いのは本当だし、ちょっとした仕返しのつもりで少し意地の悪いことを言いたくなった。

「そうだねえ、傷物になっちゃったらお嫁に行けないかもねえ」
「ちょっと先輩」

三木エ門が非難の目を向けてくるけれど、すぐに訂正するつもりではあるし、とわたしはその視線をにやにやと笑って受け流す。団蔵はというと、その顔をいよいよ泣きそうな表情に歪めている。期待通りの反応を見る事ができて大満足だ。「なあんてね」と口にしようとしたところで、団蔵が大きく息を吸い込んだ。

「も、もし先輩がどこにも嫁げなかったら!俺が責任とります!!!」

さっきまでの情けない表情が嘘みたいに引き締まった顔でとんでもないことを言い出した団蔵に、わたしも三木エ門も言葉を失う。束の間の沈黙のあと、三木エ門がふふっと鼻を鳴らしたのを合図にそろって笑い出した。団蔵は戸惑ったように、わたし達二人の顔を交互に見やる。

「うそうそ、冗談だよ。頭の傷跡なんて髪でかくれて見えないし」
「大丈夫だぞ団蔵、先輩は元から嫁げる可能性の方が低い」
「やかましいわ」
「なあんだ、そうですよね」
「ねえ団蔵、それはどっちに対するそうですよね?」

ようやくいつもの明るい笑顔になった団蔵に、小さな疑問をぶつけてみるけれど、その返事は返って来ない。

「俺、保健委員呼んできます!」

そう言って駆け出した団蔵に「よろしく〜」と手を振った。
その背中が小さくなるのを待って、ふふふ、と笑い出す。

「責任とるだって、かーわいい」
「あんまり一年坊主をからかわないでくださいよ」
「くのたまの性分だもの、仕方がないよ」
「うわあ、やだやだ」

心底嫌そうに顔を顰めながら、きっと自分が下級生であった頃のことでも思い出しているのだろう。今や立派に下級生の面倒を見る三木エ門だって、数年前はくのいち教室の上級生にからかわれて半べそをかいていた。

「三木エ門」
「なんです?」
「団蔵はきっと良い男になるね」

はあ、と訝しげに返す三木エ門をよそに、わたしは楽しい気持ちになる。

「今のうちにつばでもつけておこうかな」
「やめてくださいよ、団蔵が気の毒です」

<131019>
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