宛先:岩泉 一
(件名なし)
――――――――――
部活もう終わるころ?
傘持ってたら帰りに駅までお迎え求む!


電車に乗り込んだ時にぽつぽつと降り出した雨は、駅に着く頃にはなかなかひどい土砂降りになっていた。そういえば予報で夜から雨だって言っていた気がするな、と思い出したけれど後の祭りだ。同じ電車を降りた人達が、傘を開いて次々と駅から出て行く。5分ほど前、電車の中から送ったメールの返事はまだ返ってこないけれど、この雨の中を走って帰るよりは、しばらく待ちぼうけをくったほうが良さそうだ。蛍光灯がこうこうと明るい駅の中、スマートフォンで適当に暇をつぶす。ゲーム画面が着信画面に切り替わったのは、それから10分ほど経った頃だった。画面に表示された名前に思わず笑いが漏れる。通話のボタンに指で触れて、スマートフォンを耳元に持っていく。

「あっめあっめ ふっれふっれ 岩ちゃんがー」

じゃのめでおむかえ、と歌ったあたりで、ブツッという音とともに通話が切れた。ツー、ツーと鳴る虚しい音から耳を離して、慌てて着信履歴の一番上から電話を掛けなおす。3コール目の途中で呼び出し音は途切れたけれど、電波の向こうではサー、というノイズだけが鳴っている。

「すみませんでした」

無言の相手に一言そう謝ると、はあ、とため息が聞こえた。

「・・・そのまま駅スルーして帰ることも出来んだからな」
「大変申し訳ございませんでした」

電話の向こうの岩ちゃんの表情がありありと思い浮かぶ。きっと眉間に深い皺がよっていることだろう。

「部活終わったとこ?」
「いや、今バス降りたとこだからもうすぐ駅」
「あ、ほんと?及川も一緒?」
「いや、うぜーから撒いてきた」
「撒いてきた!」

ははは!と笑って「及川、一人でもちゃんと帰れるかな?」と冗談めかして言うと、「まあ、大丈夫だろさすがに」とやや心配を隠しきれないトーンで返ってくるからまた笑えてしまう。

「つーかおばさんは?」
「お母さん今日夜勤だから迎え頼めなくてさ、岩ちゃん部活終わる頃かなと思って」
「おー、ちょうど学校出た頃だわ、メール来てたの」
「大当たり〜」
「大当たりじゃねえよ、傘ぐらい持ってけ」

今日雨降るっつってたろうが、と粗暴な物言いのわりに、その声は優しく耳をくすぐる。

「うん、電車の中で思い出した」
「おせーよ。おい、もう駅着くぞ」

その言葉に駅の外に顔を出すと、雨でぼやける街灯の光に照らされて岩ちゃんの姿が見えた。雨脚は強まるばかりで、傘をさしているとはいえ結構濡れただろうな、と少し申し訳ない気持ちが浮かぶ。

「見えた」
「おー」

顔を上げた岩ちゃんは、目が合うと携帯電話を耳から離した。わたしも画面に通話終了と表示されているのを確認して、スマートフォンを制服のポケットにしまう。

「ごめんね」

一度傘を畳んで駅舎の中に入って来た岩ちゃんにそう言うと、その顔は「なにが?」という表情をする。

「お足下の悪い中お迎えに来て頂きまして」

かしこまった口調でそう言うと、岩ちゃんは「今更かよ」と吐き捨てるように言う。笑いながら、やっぱり優しい声で。

「そういやお前、俺が傘持ってなかったらどうするつもりだった?」
「一度家に帰った岩ちゃんに迎えに来てもらうつもりだった」

真顔でそう答えると、般若みたいな顔になった岩ちゃんに頭をがしりと掴まれる。眉間に置かれた親指に力が込められていくけれどさして痛くはない。おかしくて笑うと、岩ちゃんは呆れたようにため息を吐いた。眉間を一度ぐりぐりとして、頭からその手が離れる。

「携帯見なきゃ良かった」
「見たら何にせよ迎えに来ちゃうもんね」
「調子乗ってんじゃねーぞ」
「事実ですので」
「走って帰って置き去りにしてやろうか」
「ご冗談を」
「おら、とっとと帰んぞ」

そう言って傘を開いた岩ちゃんの隣に並ぶ。少し遠慮気味に体の右側が傘から出た状態で歩き出そうとすると、左腕を引っ張られて岩ちゃんの方に倒れ込みそうになった。

「うわ、なに」
「らしくもなく遠慮してんじゃねえよ」
「いや、さすがに遠慮くらいはするよ失礼だな」
「んな濡れて帰ったら俺が迎えに来た意味ねえだろうが」

左腕を掴んだその手はそのまま滑り下りてわたしの手を包んだ。照れ隠しで本当は早歩きをしたいくせに、わたしの歩調に合わせる為にその足はぎこちなくゆっくりと歩いていく。どうしたって滲む優しさに、わたしはどうしようもなくこの人が好きだと思う。

<130916>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -