黒い雲が空を圧迫しているのが窓から見えて、降るかな、と思った途端に、ぱたり、と音がして窓に水滴が流れた。そうなったらもうあっという間で、ぱたりぱたり、ばたばたばたと大粒の雨が降り出した。傘なんて持っていないし、そもそ帰る気になんてなれなかったから、わたしには関係のないことだった。使用されることの少ない、校舎の端に位置する選択教室は、放課後であることも相まって雨の音だけが響いた。目を瞑って、机に突っ伏す。不安も不満もこうしてやり過ごすしかわたしには術がない。それでもかまわないと思えるのは、差し出される手のひらがわたしには保証されているとわかっているからだ。甘えだって驕りだって言われようが知ったことではない。どんなに暗く悲しい気持ちでも、目元が熱を持って涙が浮かんでも、庄ちゃんの手のひらを思い出すと笑い出したくなってしまう。なんの根拠もなく、大丈夫だと思えてしまう。長く深く息を吐くと、顔と机の間にある空気が湿気をおびて、少し甘い木の匂いがした。

思い出すのは小学校四年生だか五年生ぐらいの夏の日だ。
あの日は確か、そのころ親友だと宣言していた友達と喧嘩をして、まわりにいた他の友達からも一方的にわたしが悪いと責め立てられて、悲しくて悔しくて怒りたいけどそんなことをしたらもっとひどいことを言われるのが怖くてわたしは放課後の教室を逃げ出した。グラウンドの隅にあるうさぎ小屋の裏で膝をかかえて声を殺して泣いた。直前の光景を思い出しては涙が浮かんで、明日からの教室での自分の居場所の無さを想像しては涙がこぼれた。うさぎ小屋の影に避けきれなかった日差しが体の右半分を焼く。ぐずぐずと泣き続けていると、じゃり、と砂を踏む音がして、その日差しがかげった。


「そろそろ帰るよ」

実際に鼓膜を揺らした声に、自分が眠っていたことに気がついた。
体を起こして窓の外を見る。空は暗く、相変わらず雨は降り続いている。ゆっくりと顔を窓とは反対の方向に向けると、なんてことはない、いつもの無表情の庄ちゃんが横に立っていた。今まで幾度となく聞いてきた言葉に、頬が緩むのが自分でもわかった。庄ちゃんの眉間に薄く皺がよる。

「なんだ、元気じゃない」
「そろそろ庄ちゃんが迎えにくる頃合いかなって思ったら元気になったんだよ」
「嘘ばっかり。寝てたでしょ」

僕が呼んでも全然反応しなかったけど、と薄く笑って、こちらにその手のひらを差し出した。あの夏の日と同じように。いくつものあの日と同じように。

「庄ちゃんは相変わらず人を甘やかすのがうまい」
「どっかの誰かさんがちっとも成長しないからね」
「誰だろ?」
「さあね」

庄ちゃんの腕を掴んで立ち上がる。放り出していたカバンを拾うと馬鹿みたいに軽かった。

「庄ちゃん傘持ってる?」
「折りたたみ傘持ってきてる」
「さっすが庄ちゃん、途中まで入れてって」
「いいよ、家まで送ってく」

恋人でもないただの幼なじみのわたしを、庄ちゃんはいつまでこうして甘やかすつもりなのだろう。恋人でもない幼なじみの庄ちゃんに、わたしはいつまでこうやって甘えるつもりなのだろう。それが良くないことだって、これじゃあわたしがどんどん駄目になっていくってわかっているのに。幼なじみから恋人に、その肩書きを変えてしまえば解決するのだろうかと思ったこともあったけれど、きっと違う。庄ちゃんはすごくかしこいから、どうすればいいかなんてわかっているはずだ。気付いていないふりも、気付かれていないふりも、いつまでだろう。
大好きなのに、側にいるのに、その手のひらはいつからか握れなくなっていた。

<130916>
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