「あれ、花井?」
夏休みまっただ中のショッピングモールで見覚えのある横顔に思わず声をかけると、花井はまるでこの世の終わりみたいな顔をしてこちらを振り返った。
「ンだよ、お前かよ」
「ええ、わたくしですよ」
声をかけたその後で、なんで花井がこんなところ、すなわち女の子向けの洋服屋さんにいるのだろうという疑問が浮かんで、けれどすぐに花井の両隣に立つ、瓜二つなかわいい顔をした女の子二人に気がついた。もう一度視線を花井に戻す。観念したようにため息をついた花井は、「妹だよ」とわたしの視線に一言返事をよこした。
「妹いたんだ!しかも双子!」
こんにちは、と挨拶をすれば「こんにちはー」とかわいい声が重なって返ってきた。「遥です」「飛鳥です」と順番に名前を教えてくれる。
「しかもこんなにかわいい!!」
「うるせえよ」
「お兄ちゃんカノジョ?」
「カノジョ!?」
「ちげえよ!」
ぷりぷりと怒る花井の言葉に「学校で同じクラスなんだよー」と付け加える。やっぱり声を揃えて「なあんだ」とつまらなそうに言う二人に苦笑いをする。「ご期待にそえなくてごめんね」と謝ってみる。
「野球部は?今日休み?」
「おー、家でゆっくり寝ようと思ってたのによー」
きゃいきゃいと無邪気に笑いながら、あれだこれだと洋服を物色し始めた二人の後ろ姿を眺めて、花井の言葉の続きを言い当ててみる。
「女子達のショッピングに連行されたんだ?」
「しかも母親が一人でどっか行っちまったもんだからこいつら見とかなきゃいけなくなって逃げようにも逃げらんなくて・・・」
はあ、と大きく吐かれたため息に笑いを漏らすと「笑い事じゃねえっての」と花井は頭を掻いた。
「オンナ向けの店で浮きまくって気まずいったらありゃしねえ」
「まあちゃんと付き合うあたり花井らしいね」
そうかあ、妹がいたのかーと、普段の花井の面倒見の良さの正体に納得をする。野球部の田島くんとかのことはもちろんそうだけれど、クラスのちょっとわがままな女の子の扱いとかも上手だもんなあと思い出す。わたしみたいなグズ人間の面倒もたまに見てくれるので、本当にありがたく思っている。眠そうにあくびをするややマヌケな横顔ですら立派に見えた。
「ねえお兄ちゃん!」
楽しそうに服を選んでいた双子ちゃんが、ばっとこちらを勢い良く振り返ったものだから、わたしも花井もびくりと肩を震わす。たしか遥ちゃんであるはずの方が
二着のワンピースを自分にあてがいながら「どっちが似合うー?」と花井に尋ねる。もう一方、多分飛鳥ちゃんが少し唇をとがらせながら「こっちの方が良いよねえ?」と遥ちゃんが左手に持つ方を指差した。
「あー、そういうのはこのお姉ちゃんに聞け」
「えっ、わたしに振る?」
花井の言葉に四つの目がくるりとこちらに向く。きらきらとした表情に少したじろいだ。
「そうだなあ、わたしもそっちの白い方が似合ってると思うなー」
二着を順番に見比べて、飛鳥ちゃんの意見に賛同すると、飛鳥ちゃんは「ほら!」と勝ち誇ったように笑う。
「んー、じゃあこっちにする!飛鳥は?」
「わたしはねえ、」
わたしの言葉が遥ちゃんへの後押しになったらしく、二人は今度は別の棚へと移動していった。表情も興味の向く先も目まぐるしく無邪気にころころと変わる。かわいいなあ、わたしも数年前まではあんな風だったのかなあ、と考えてみるけれど、まず顔の造形からして違いすぎるしな、とその考えはすぐに一蹴される。実にむなしい。
「いやー、かわいい」
「そうかぁ?」
「わたし妹いないからさ、あんなかわいい子が家に二人もいるなんてうらやましいことこの上ないよ」
「家にいてもうるせえだけだぞ」
心の底からうんざりした顔でいう花井を見て、まあ確かに家族ってそんなものだよなあとは思う。それでも楽しそうな二人の後ろ姿を眺めては、やっぱりいいなあとうらやましくなった。
「花井家に嫁げばあの二人が妹になるのかー、お得感が満載、」
だよね、と言い切れなかったのは、ゴツッと何かが落ちた鈍い音がしたからだ。横を見ると花井が慌てて携帯電話を拾っている。
「何やってんの、携帯大丈夫?」
「おっまえさ・・・」
見上げた花井の顔は不機嫌な表情だけれど少し赤い。多分、これは恥ずかしかったり照れている時の表情だと察する。
「えっ、なに」
「そういうこと平気な顔して言うのほんとヤメロ」
そういうこと?と自分の発言を思い返してみる。けれど特に思い当たる節もなく、疑問を表情に浮かべると、花井は小さな声で「嫁ぐとかどうとか」と呟いた。その意味を理解した途端にわたしの顔も熱を持つ。
「じょ、冗談じゃんか!やめてよこっちまで恥ずかしくなるから!」
「冗談でも照れるっつの恥ずかしい!」
「シャイか!」
「うるせ!」
小声で言い合っていると、様子に気がついた双子ちゃんがこちらに寄ってくる。
「お兄ちゃんもお姉さんも顔真っ赤!」
「やっぱり付き合ってるんじゃないのー?」
違うよ、なんでもないよ、とごまかそうとしたわたしの言葉は花井の言葉に先を越される。
「まだだっつの!」
瞬間、まわりの空気が時が止まったようになる。花井の顔は真っ赤だし、双子ちゃんの目はきらきらしている。近くにいる店員さんの顔は絶対に見られない。恥ずかしいのはどこのどいつだ。勘弁してよ、とわたしはこの場からどうにか逃げ出す術を考えるけど、頭はろくに回らない。とりあえずこのお店は当分来られないな、と頭の隅の方で考えた。本当に勘弁して欲しい。
<130916>