「土井先生ー」

探し歩いていた後ろ姿は火薬倉庫の裏でようやく見つかった。声をかけると、土井先生はすこしきょろきょろと周りを見渡したあと、こちらに気がついて、ああ、という顔をする。

「なにか用かな?」
「文が届いてますよ」
「私に?」

珍しいこともあるものだなあ、と言いながら受け取った文に目を通すうちに、土井先生の顔がやわらかく綻んでいく。

「嬉しそうですね」

思わずそう口にすると、自分の表情の変化に気がついていなかったのか、土井先生は口もとを手で覆って「そんな風に見えたかい?」と少し照れくさそうにした。

「はい、とても」
「何年か前に卒業した生徒からでね。わたしがここで教師を始めたばかりのころの生徒だったのだけれど」

土井先生が教師を始めたばかりころ、というのがどれくらい前なのかは私は知らないけれど、多分そんなに大昔ではないはずだ。忍術学園の先生方の中では、土井先生が一番年若い。

「たまにこうやって便りがあるのは嬉しいことだね。学園にいた頃が懐かしいそうだ」

元気にやっているみたいだ、と土井先生はにっこりと笑みを浮かべた。
卒業生かあ、と数日前に学園から巣立っていった六年生の姿を思い浮かべる。彼らもそのうち、ここを懐かしく思って文をしたためたりするのだろうか。そういえば、ここ数日のあいだ学園内が妙に静かな気がしていたけれど、それは多分、六年生が卒業して居なくなったせいなのだなあと今更気がついた。

「山田先生なんかは教師を始められて長いから、卒業生からよく文が届いているんだよ」

歩き出した土井先生に並んで、わたしも歩き出す。

「ああ、そういえば確かに、山田先生に文をお渡しすることって多い気がします」

毎日の仕事の中のほんの一部のことだから、そう意識したことはなかったけれど、言われてみれば確かに多いなあと思い出す。

「土井先生にも、は組のみんなが卒業したらめいっぱい文が届きそうですね」
「ははは、どうだかなあ」
「まあその前にきちんと卒業出来るのかどうか・・・」
「胃が痛くなるような話はやめてくれないかな」
「冗談ですよ」

苦い顔をする土井先生に笑いながら、いつだってにぎやかな、土井先生が受け持つクラスのみんなの顔を思い浮かべる。あの子たちも、あと数年すればここを出て行く。数日前に見送った背中にその姿を重ねてみた。

「は組のみんなが卒業したら、学園の中がずっと静かになりそうですねえ」
「ずいぶんと先の話をするなあ」
「想像してみたら、寂しくなるなあと思ったんです」

わたしも土井先生も、これから先、何度いくつの背中を見送るのだろうか。背が伸びて傷だらけになったりもして、それでも頼もしく一人前になって旅立っていく姿を、ここでずっと、置いてきぼりみたいに。

「でもそれより先に、君がここを出ていかないとまずいんじゃないかな?」
「えっ」
「あの子らの卒業を待ってたら、ずいぶんな行き遅れになっちゃうぞ」
「・・・な、なるべく早めに出ていきます」
「まあその前に嫁ぎ先がきちんと見つかるかどうか・・・」
「余計なお世話ですよ!」
「冗談だよ、冗談」

さっきの仕返しだ、と笑う土井先生の横顔を睨みながら、だけど、そうだよなあ、と思う。わたしだっていつかここを出て行く日が来るのだ、おそらく。それこそ土井先生の言う通り、嫁ぎ先が見つかったりすれば。土井先生はどうだろうか。少なくともは組のみんなが卒業するまではここにいるのだろうけれど、その先はどうだろう。

「土井先生も、は組のみんなが卒業する頃にはお嫁さん貰わないとですけどね、年齢的に」
「・・・余計なお世話だぞ」
「お互い様ですよ」

一年、二年と円を描くみたいにに同じような毎日を過ごしても、同じ日々は辿れっこないから、きっと螺旋を描くみたいに知らないどこかに勝手に向かっている。永遠に感じる置いてきぼりだって、そのうち自分が置いていく側にすり替わるかもしれない。

「お、そろそろ咲きそうだな」

その言葉に土井先生の目線の先を追うと、桜の木の枝についたつぼみがふっくらと白く丸くなっている。桜が満開になる頃には、また新しい顔がいくつも増えて学園がにぎやかになるのだなあと胸のあたりが少し暖かくなった。

「新入生がやってきたら、また忙しくなりますね」
「そうだなあ、嫁ぎ先だの嫁を貰うだの言ってる場合じゃないなあ」
「目の前の仕事で手一杯ですよねえ」

そういえば去年も新入生がやってきた時期は大忙しだったなあと思い出す。ちらちらと舞う花びらの中を走り回る真新しい制服姿が閉じたまぶたの裏に浮かんだ。
見覚えのある、知らない春がもうすぐやってくる。

<130912>
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