遠くから眺める伊賀崎孫兵という人は、とても美しく、そしてそれゆえに儚く見える。はかない、だなんて難しい言葉をまだ知らない一年生の頃から、ずっとわたしの中に居座るその感覚は、わたしたちの成長と共に、いつのまにか言葉の形を成していた。美人薄命なんていう言葉が頭を過ぎった時には勝手に、ひどく悲しい気持ちになったことを覚えている。虫かごの中で弱っていったきれいな色の蝶みたいに、つんだらすぐに萎れてしまった花みたいに。孫兵もそのうち、そういう風に、と。

夏の夕暮れ時なんてものは、ずいぶんとまた彼を美しくみせる。
数日間におよんだ学園外での課題がようやく終わって、泥まみれの汗まみれでお腹は空いていて、ぼろぞうきんのような状態で先生方への報告を済ませて、ひとまずはくのたま長屋に向かって歩いていた。疲れ切った体に強い西日が容赦なく突き刺さる。夏の盛りは過ぎたはずなのにと、うんざりしながら首もとに流れる汗を手の甲で拭った。さっさと風呂に入りたいと、いよいよぼんやりし始めた頭でうつろに考えていると、かしゃん、という音がどこからか聞こえた。立ち止まって音の鳴った方へと顔を向ける。音の正体は生物委員会の飼育小屋の扉が閉まった音だったらしい。夕日に照らされる風景の中に浮かぶ孫兵の姿はなんだか現実味がなくて、そのまま霞んで消えてしまいそうだ。

「孫兵」

名前を呼ぶと、こちらに気がついた孫兵が近づいてくる。わたしもそちらに歩みを寄せる。

「なんだか久しぶりだね」
「ああ、課題で留守にしていたから。今さっき帰ってきたの」
「そう、お疲れさま」

そう言うとこちらから視線を外して毒蛇の首に指をすべらせる。赤い身体がまきつく首もとには汗が滲んでいた。ジュンコを見つめるその視線は愛情に溢れすぎていてやや暑苦しい。

「さっきさ」

話を始めれば視線をこちらによこすようになったのだから、成長したのだなあと頭の隅で思う。下級生の頃は、ペットといちゃついているときは人間の声なんざ耳に入っていない様子だった。

「孫兵ってすぐ死にそうだなって思ってたんだけど」
「・・・喧嘩を売ってるのか?」
「というか、さっきどころか昔からずっと思ってたんだけど」
「・・・」

呆れたような目で睨まれて、思わず苦笑いをする。首もとのジュンコもシャー、とこちらを威嚇している。相変わらず仲が良いなあと感心した。

「案外そうでもなさそうだなって」
「はあ?」

長い指先は傷だらけだし手の甲は筋張っている。のぞく首もとも昔のようになめらかな白色ではなく、そこにも傷や火傷の跡が見てとれた。それでも、とひとり納得をして、意味が分からないといった表情の孫兵を置き去りに、くのたま長屋に向かって歩き出した。
少し歩みを進めてから、後ろを振り返る。孫兵の姿が小さく見えた。橙色に染まるその風景は、ただただ美しい。

<130901>
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