夜の忍術学園は、昼間ほどではないにしろ、いろいろなものでずいぶんとうるさい。誰かのいびきや、鍛錬に励む音、たくさんの生きているものの気配。それらに混じって、近くを誰かが歩く気配を感じて建物の影から顔を覗かした。

「潮江先輩、」

名前を呼ぶと、先輩は驚いた様子もなくこちらを振り返った。近寄ると、月明かりに照らされたその顔の両目の下にはくっきりと隈が見えて、果たして今は何徹目なのだろうかと、心配が三分の一ほど、残りは呆れた心で思う。

「こんばんは」
「おお、任務か?」
「はい、今帰ってきたところです。先輩は今からお休みですか?」
「そんなところだ」
「会計委員にしては随分と早い時間ですね」
「帳簿がどうにかまとまってな、今日はもう解散にした」
「今夜は委員会後の鍛錬は無しですか、めずらしい」
「さすがに四徹明けでは、下の奴らがなあ」

そう言いながら、先輩もくあ、と大きくあくびをしている。珍しい事もあるものだと、少しだけ笑いを漏らすと、先輩は眉をひそめて「何を笑ってる」と訝しがった。

「いいえ、なにも。お疲れさまでした」

じゃあ、わたしは報告があるので。そう言って頭を下げると、先輩もそれ以上の追求はせずに「おお、お疲れさん」とだけ言って、忍たま長屋の方に向かって再び歩き始めた。一度はわたしも先輩と逆の方向に歩き始めたけれど、ふと思い立って振り返り、その背中にもう一言声をかける。

「潮江先輩、おやすみなさい」

振り返った先輩の顔はもうはっきりとは見えなかった。月は雲に隠れてしまっている。

「・・・おやすみ」

それでも返ってきた声は存外やわらかい心地で耳に届いたので、今度は我慢する事なくわたしは頬を緩めて、一呼吸のあと小さくなっていく背中を見送る。なんだかおかしな夜だ。わたしは泥まみれの血まみれで、よりにもよって潮江先輩におやすみなさいだなんて言っていて、先輩も先輩でおやすみだなんて返してる。なんておかしい。けれど耳から入って体の中に落ちていったその言葉は、胸のあたりから体中に巡りわたって、わたしを
落ち着かせた。おかしくって、静かな夜だ。  

<121216>
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