「どうしたもんかな」

適当な木の根に腰掛けて、ぽつりと呟いた言葉は誰にあてたものでもない。木々の隙間から零れて来る光はまだきらきらと明るいけれど、時間は先ほどより確実に流れているしこの困った事態から抜け出すには二つの問題を解決しなければいけない。今現在のこの状態から、日が暮れるまでにその二つが解決するとはちょっと考えにくく、切れた鼻緒を眺めて、もう何度目かわからないため息を吐いた。下を向いても仕方がない、と顔を上げてあたりを見渡すけれど、出て来る言葉は「ここどこだろ」という一言だ。耆著を失くして森の中で迷子になった挙げ句、草鞋の鼻緒が切れるなんて、保健委員ほどではなくてもなかなかの不運だ。自分の置かれている状況を再度確認してまたため息を吐く。

がさり。

「・・・・?」

背後から何かがうごめく音が聞こえて身体が強ばる。がさり、がさり。音はどんどんとこちらに近づいてきている。狸とか、小動物ならば問題ないのだ。けれど不運続きの今日というこの日に、そんな幸運が起きるとは思えなかった。嫌な汗が首筋を伝って、思わずぎゅっと目を瞑る。神様仏様そのほか様がつく色んな偉い方々様・・・と心の中で無作法なお祈りをしていると「あれ?」という子供の声がした。わたしもあれ?と思って目を開ける。そこには忍術学園の制服を身に纏った、なんとなく見覚えのある顔がこちらを見て目をぱちくりとさせていた。井桁模様の制服は一年生のものだ。緊張していた身体から力が抜けてなんだかぐったりする。

「先輩こんにちは!」
「こ、こんにちは。えっと、たしか孫兵のとこの・・・」
「はいっ、夢前三治郎です」
「あっ、そうそう」

そうだ、生物委員会の三治郎。孫兵を捜して駆け回っているところに何度か出くわしたことがあった。わたしは制服を着ていないにも関わらず、向こうはこちらを認識してくれたのに、思い出せなかったことに少し申し訳ない気持ちになる。

「先輩、こんなところでどうされたんですか?」
「ええと、情けない話なんだけれど・・・」

下級生、それも一年生にこんなことを話すのは正直気が引けるけれども、そんなことを言っている場合ではない。事の成り行きを説明すると、三治郎は「それは、保健委員クラスの不運でしたね」と気の毒そうな顔をした。

「三治郎はなにしてるの?」
「いやあそれが、生物委員の活動で森にやって来たんですけど」

みんなとはぐれて僕も迷子に・・・そう言ってへへへ、と笑う三治郎に、がっくりと肩を落とす。迷子が一人から二人に増えたところでなんの解決にもなりやしない。

「そんなあからさまにがっくりしないでくださいよう」
「そうだね、三年生が一年生に頼ろうとしたのが悪かったね」
「あっ、でも迷子は解決しなくてももうひとつの問題はどうにかなるかも」

草鞋、みせてもらって良いですか?そう言われて差し出した草鞋を見て、三治郎は「うん、これなら大丈夫です!」とにっこり笑う。

「先輩、いらない手ぬぐいとか持ってます?」
「ええと、こんなので良い?」
「はい!破っちゃっても平気ですか?」
「別にかまないけど・・・」

少し古びたその布を裂くと、三治郎それを使っては器用に草履を歩ける形に直してしまった。見事な手さばきに思わず見入って感心する。

「はい、ちょっと歩きにくいと思いますけど」
「あらま、器用だねえ」
「兵太夫ならもっと上手に直せるんですよ」
「兵太夫・・・作法委員の子だっけ?」
「はい!いつも二人でからくりを作ったりしているから、こういうことは得意なんです」
「仲良しだねえ」
「同室ですからねえ」

草鞋を履いてその場で少し足踏みをしてみると、歩けないことはなさそうだ。ありがとう、と礼を言うと、三治郎はおやすいご用です、と嬉しそうに笑った。草鞋の問題はこれにて解決。そうとくれば、問題はあとひとつだけだ。

「さて、頑張って帰ろっか」
「はいっ!」

左手を差し出してみると、三治郎は躊躇なく右手を重ねてくれた。

「陽が暮れるまでに帰れるかなあ」
「人生なるようになりますよ」
「なに、その根拠のない自信」

おかしくってふふふ、と笑うと、三治郎もいたずらがばれた時みたいに笑った。

「きっと、大丈夫です!」

そう言いきる三治郎が繋いだ手をゆらゆらと揺らすものだから、迷子なのになんだか少し楽しい気分になってしまう。そっか、大丈夫か。それならなんとかなるんだろう。なんの根拠もない大丈夫を心に、わたしたちは学園を目指して歩き出した。

<120610>
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