まず、朝からだ。身支度を整えて朝食を食べに食堂へ向かう途中、落とし穴に落っこちた。寝ぼけた頭にはちょうど良い刺激だとかそういうことではない。きっと喜八郎の阿呆が夜通しで掘った「蛸壺」のひとつだろう、そう思った矢先に「おやまあ、先輩」と間延びした声が聞こえたのでその考えは大正解だったわけだ。「おやまあじゃないよ、出るから手貸し・・・」見上げた時にはもう遅く、喜八郎の姿はなかった。朝っぱらから泥だらけになりながら穴から這い出る。朝日がひどく眩しい。

お昼休みを使って図書室に行けば、立花先輩に出くわした。隠すつもりだったのに、反射で「げえ」という顔をしてしまい、先輩の顔がひくりと引きつるのが分かった。「随分な態度だな」という言葉と共に山積みの書物を手渡され、それをうっかり受け取ってしまったことを即座に後悔する。「作法委員の部屋に運んでおけ」とだけ吐き捨てて、立花先輩は図書室を出て行った。彼がくるりとこちらに背を向けた時、ご自慢のサラストヘアーが思いっきりわたしの顔に当たり、痛みに顔を覆いたくなったけれどそれは叶わない。わたしの両手は大量の書物で塞がっているし、後ろから図書委員長のある意味熱い視線を感じる。多分この書物をばさばさと落とした日には、命の保証などはされなくなる気がする。

放課後、少し早めに委員会に向かうと、部屋にはすでに一年生の兵太夫と伝七がいた。伝七は生真面目に教科書を開いて授業の予習復習に取り組んでいるようだ。宿題はないのかと尋ねると「ここへ来る前に終わらせてきました」とのことだ。一年い組、ご立派である。「兵太夫は?」と横に顔を向けると「先輩!ちょっとこれ引っ張っみてください!」と会話のキャッチボールが成立しない。一年は組、流石である。言われるがままに天井からぶら下がる紐を引っ張ると、目の前に生首フィギュアがすとん!と落っこちてきた。驚きと恐怖でギャー!!と叫び声を上げれば、「先輩、うるさいんで静かにしてください」と伝七。兵太夫はわたしの反応を見て、手を叩いて大笑いしている。これが四つも年上の上級生に対する態度か。この子達の教育は一体どうなっている、と誰かを問いつめてやりたくなったけれど、その教育の大部分の責任を負っているのは委員会の上級生、イコールわたしでもある訳だ。自業自得ということか。


委員会も終わり、一度くのたま長屋に戻ってから食堂へと向かう。友人は無情にもさっさと先に行ってしまったようだ。それにしても散々な一日だったと、今日を振り返りながら夕日に照らされる渡り廊下をひとり歩く。どうして今日はこんなにどっぷりと疲れてしまったのだろうかと考えていると、後ろから「先輩!」と声をかけられる。振り返って見れば、今日一日見ることのなかった萌黄色の制服が目に入った。

「藤内・・・」
「先輩、なんか顔が、疲れて・・・」

心配そうにわたしの顔を覗き込む藤内に、不覚にも涙がちょちょぎれそうになる。そして、どうして今日、こんなに疲れているのか、その原因がわかった。そうだ、今日は藤内がいなかった。思わず、わたしより少しだけ小さなその体を抱きしめる。

「わー!ちょっと先輩!離してください!」
「なんで今日委員会来なかったのさ」
「・・・実習授業だったんですよ、すみません」
「ゆるさない」
「そんなに大変でしたか、今日の委員会は」
「藤内がいないとわたしを庇ってくれるひとがいない、あの委員会」
「そうでしたね・・・」

お疲れさまでした、とそろりと上がった藤内の手がわたしの背中をぽんぽんと叩く。少しだけ、今日の疲れが癒された気がした。

「藤内が作法委員会にいて良かったよ」
「ぼくも先輩が居なかったらと思うとぞっとします」
「それならもう自主トレしたいとか言ってわたしのこと見捨てないでね」
「・・・善処します」

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テーマ「人外ファンタジー」
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