6限の物理が自習になった。担当の先生が体調不良で早退したらしい。理数系の授業がからきし苦手なわたしにはとても有り難い話だったけれど、やることがなくて退屈を持て余している。泉が友達から借りたという漫画を借りて読んでいたけれど、それも読み終わってしまった。次の巻は、泉がまだ読んでいる。暇なら寝れば良いのだけど、5限をまるまる睡眠に費やしたのでどうにも眠れそうにない。
「いずみー、読み終わった」
「はえーなおい、でもまだ読んでるからちょい待って」
「早く読めー、暇」
「寝とけば?」
「さっき寝たから眠くない」
「あっそ」
それきり、泉はまた漫画の世界に入り込んでしまった。教室内をぐるりと見渡して、誰か相手をしてくれる人はいないかと探すけれど、みんな寝ていたり雑誌を読んでいたりで、相手をしてもらえそうな様子はない。どうしようもなく、暇だ。
視線を前に戻して、机に体を横たえた。視界に泉の腕が入る。野球部らしくこんがり焼けた腕、の少し上の方。ちらりと白い部分が見えた。あまりにくっきりと境目がわかるので、思わず笑ってしまう。
「ん、何?」
訝しげな表情で泉がこちらをじろりと見る。
「また坊主がどうこう言ったら殴んぞ」
「違うって。いや、見事な半袖焼けだなあと思って」
「ああ、」
これな、と言って泉は袖をまくり自分の腕を見た。本当にくっきり焼けている。ださい、と馬鹿にすると、頑張ってる証拠だと返ってきた。確かに。
「でもださいと言えばこっちの方がださくね?」
そう言って差し出された泉の左手を見て思わずふきだしてしまった。
「なにそれ、何焼け?それとも白い手袋つけてる?」
「アホか。グローブ焼けだっつの」
「うわー、ださいわ、それは」
「これはさすがになあ」
「っていうか右手もちょっとなってない?」
「ああ、こっちもバッティンググローブで焼けてんな」
「凄まじいね野球部…」
「最近晴れてばっかだしな」
まあ楽しいから良いけど、と呟いて泉はまた漫画に視線を戻した、けどその瞬間に6限終了のチャイムが鳴った。泉の手元にある漫画は、まだ半分を少し過ぎた程度のページが開かれている。
「あーあ、泉が読むの遅いから」
「お前が邪魔したからじゃね?」
「っていうかそれ今日わたしが持って帰って読んどくよ、泉の分まで」
「遠慮しとく、つーかこれ加藤のだし」
「加藤くーん、漫画借りていい?」
泉から漫画を引ったくって掲げながら加藤くんに聞く。答えはオーケー。決まりだ。
「野球部練習終わるの遅いからどうせあんま読めないでしょ?」
そう聞くと、心底嫌な顔をして舌打ちをしたあとに、まあ確かになあ、と小さく呟いた。
「あー、練習さえなければ!」
「さっき楽しいから良いって言ったの誰だっけ」
わたしのちょっと感動した心を返せ。そう呟いたら泉の腕が伸びてきて漫画を再びとられそうになった。
「じゃあ漫画返せ」
「やなこった」
「かわりにに日焼け止めあげるよ」
「超いらねー」
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