よく晴れた日曜日、久しぶりの太陽、暑い夏がすぐそこまで迫ってきている予感。絶好のひきこもり日和である。こんな日には涼しい部屋で冷たいカルピスを飲 みながら、日長一日マンガでも読んで過ごすのが正しい思う。そう、わたしは思っているのだ。青空の下、審判の「プレイボール!」という声が響いたこの瞬間 にも。

どうしてわたしが知り合いが居るでもない学校のグラウンドをフェンス越しに眺めることになったのかというと、その始まりは一昨日の金曜日の放課後にさかのぼる。
じめじめとした雨降りの夕方、とっとと帰宅しようと廊下を歩いていたわたしを誰かが呼び止める。振り返った先にいたのは中学から仲良くしている友人であった。高校に入学してクラスは離れてしまったものの、距離感は変わることなく、関係は良好に続いている。

「もう帰るの?」
「ん、雨ひどくなったら嫌だし。何か用?」
「ああ、名前さ、明後日の日曜日空いてない?」
「日曜?」

頭の中で自分の手帳を思い浮かべるけれど、思い浮かべたところで大体空白だらけのスケジュールなので考えるまでもなかった。「空いてるけど」と返すと目の前の友人はにったりと満面の笑みを浮かべている。しくじったな、と思った時にはもう遅い。

「だよね!あのさ、野球部見に行かない?」
「行かない。っていうかだよねとか言うな人を暇人みたいに」

「まあ実際暇人だけど」と心の中だけで呟くと、目の前の友人もまた「まあ実際暇人でしょ」と笑ったので返す言葉はもう見当たらない。「だから見に行こう、 野球部」と食い下がられて、廊下のど真ん中で立ち話もどうだろうと思い窓際に身体をよせる。さきほどよりも雨脚は強くなっている。これはもう、今から帰っ たところで家に着く頃にはずぶ濡れだろうと急いで帰ることを諦めて、ひとまず話をきいてみることにした。

「っていうかなんで野球部?好きだったっけ、野球」
「いやさ、うちのクラスの花井くんってわかる?」

はないくん、と自分の口で一度発音をして記憶を探る。聞いたことあるな、と少し考えこむとふいにその名前に一致する顔が思い浮かび、そういえば泉や田島と話しているのを見たことがあったと思い出した。多分三橋も話していたはずだ。あのイケメン坊主くんか。

「ああ、顔はわかる。背高くて結構かっこいい子だよね」
「そう!」

わたしから発せられた「かっこいい」という言葉に目を輝かせた友人の話を聞けば、彼女は花井くんに少しばかりではあるけれど好意を寄せているそうで。彼が野球している姿を見てみたいと本人に伝えたところ、練習試合の日程を聞き出すことが出来たそうだ。

「なんかみんな部活とかで行けないみたいでさ、お願い!」
「ええ、嫌だよめんどくさい」
「ほら、名前も最近仲良いじゃん、泉くんだっけ?」
「泉ぃ?別に仲良くは・・・」

突然話題にあがったクラスメイトの顔を思い浮かべ、ここ最近の自分と泉の行動を思い返す。パピコを半分こしたり一緒に雑誌とか漫画読んだりヘッドロックされたり、様々な情景が頭の中をよぎった。仲が良いのか良くないのか、今一度自分に問いかける。

「仲良く、してるね確かに」

もともとクラスの中でよく喋る方だったけれど、席が前後になってからなんだか妙につるむようになってしまった。考えてみれば、仲が良くなければパピコ半分こなんて出来やしない気がする。

「でしょ?見に行こうよ、泉くん」
「いいよ、泉とか学校で毎日見てるもん」
「帰りスタバでなんか奢るって言っても行かない?」
「・・・行きます」


そういう訳でわたしはまんまとスタバの誘惑につられてこの場にいる訳だ。
西浦は後攻のようで、グラウンドのあちらこちらに見たことのある顔が散らばっている。なんとなく、泉を探すと遠くグラウンドの後方にそれらしき姿を見つけ た。じりじりと照りつける太陽に灼かれいる。ああやって、半袖焼けやあの世にも面白いグローブ焼けが出来上がっていくのだなあと、数日前の会話を思い出し て自分の頬が緩むのがわかった。

「え、なに笑ってんの気持ち悪い」
「いやあ、青春って素晴らしいなって。っていうか気持ち悪いとか言うな」
「なにババ臭いこと言ってんの。あ、もしかしてあのピッチャーって名前のクラスの子?」
「ん?ああそうそう、三橋ね。あとババ臭いとかも言うな」
「上手なんだね。バッターの人、全然打ててない」

初めて見るピッチャーとしての三橋は、投げる球は素人目に見ても速くないとわかるのに面白いように相手校のバッターを仕留めて行く。教室ではあんなにも きょろきょろと挙動不審なのに、ピッチャーが立つあの場所にはなにか不思議な力でもあるのだろうか。あっという間に一回の表、相手側の攻撃が終わってし まった。西浦のみんながベンチに向かって戻って行く中、そういえば泉の出番はなかったなと走る泉を眺めていると、ふいにその顔がこちらに向いた。一拍おい て、その顔が「あ」という表情になって、ベンチに入る少し手前でその足を止める。目をそらすのもどうだろうと思い、少しのあいだ奇妙に見つめ合うけれど、 あとからやって来たチームメイトに肩を叩かれた泉はすぐにベンチへと戻って行った。やや気まずい雰囲気に耐えきれずに挙げかけた手は行き先をなくして、首 筋ににじんだ汗を拭う。

「あっつ・・・」
「暑いけど花井くんかっこいい」
「それはようございました」

嬉しそうに笑っている友人を一瞥して、さて攻撃だ、と西浦側のベンチを見やると、そこから出てきたのは泉だった。バットを一振りしてからバッターボックスへと向かうその姿から漂う雰囲気はぐっと引き締まっていて、なんだか知らない人のように思えてくる。

「あ、あれ泉くん?」
「うん、泉だね」

友人の質問にそう答えるだけで、目線は泉から反らさなかった。入学して数ヶ月、泉とは随分仲が良くなったけれど、そういえば野球をしているところを見るのは初めてだと今更気がつく。泉がバッターボックスで構えて一球目、審判の「ストラーイク!」という声が響いた。もう一度構えなおして、じりりとした間を置いて二球目、キン!と高い音が鳴り響いて、グラウンドの空気がぶわりとざわつく。

「わっ、打った!」
「走った!」

泉が打った球は、飛びついた相手校の選手のグローブをすり抜けてグラウンドの後方に跳ねていき、その間に泉はバッターボックスから一塁までを一気に駆け抜 けた。投げられたボールを打ってバットを放って一塁まで走る。たったそれだけ、点数が入った訳でもないけれど、それをしたのが普段は自分の前の席で退屈そ うに授業を受けているクラスメイトだということに、無性にわくわくした気持ちになる。

「すごいじゃん泉くん」
「ね、野球してる間はなんか尊敬できそう」

そういえば休みの日も、朝早くから練習していたんだっけなと思い出す。あの時の後ろ姿がまぶしく思えたことに今なら納得が出来る思った。日焼けの跡も、本当に頑張っている証拠なのだ。そんなことを考えながら背中の8の数字を見つめていると、その身体がくるりと反転してこちらを振り返った。さっきと同じように目が合って、けれど今度は奇妙に見つめ合うことはせずに、ピースサインを贈ってみる。泉は一瞬面食らったような顔をして、けれどすぐにその顔はにっと笑顔に変わった。そこにいるのはまぎれもなく、わたしのひとつ前の席で退屈そうに授業を受け、わたしの言動に怒ったりたまに笑ったりする泉孝介その人だっ た。



明日学校で会ったら、いろいろなことを話したり聞いたりしたいと思った。ピッチャーをする三橋のこと、友人が花井くんをかっこいいと言っていること、野球の試合を見てわくわくしたこと。アイスでも奢れば、嫌そうな顔をしながらもきっと付き合ってくれるんだろうなと思った。


<120916>
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