ふと集中力が途切れて、ひたすら追い続けていた文字から顔を上げた。窓の外を眺めると、雨脚は先ほどよりも強くなっているみたいだった。どんよりとした明るさの図書室には、少しの喋り声が響くくらいで、あとは雨音がざあざあと聞こえるだけだ。

(読書感想文などと言われましても・・・)

パタリ、と読んでいた本を閉じてその表紙を指でなぞる。
「若者の活字離れ」を憂いた先生が出した、夏休みの宿題のような課題により、金曜3限の図書室は1年9組の面々により占拠されている。

わたしが椅子から腰を上げると、正面に座っていた友人が顔を上げた。

「どした?」
「あんまし好みじゃないから他の本とってくる」

一言そう伝えて本棚へと向かう。
読んでいた本を大体この辺だったか、と大雑把に元に戻し本棚を物色する。右から左、一段下がってまた右から左。そこでいつだか耳にした事のあるタイトルを見つけて手を伸ばす。が、すんでのところで届かない。ぐっ、と体も腕も伸ばしてつま先立ちをするけれど、わたしの指先は目当ての本を少しかすめる程度だ。あともう少しなんだけど、ともう一度腕を伸ばす。息を止めて必死に背伸びをしていると、背後から「何やってんすか名字さん」という声と軽い平手打ちが後頭部に降ってきた。

「いった、泉じゃん」
「おう。どれ?」
「え?」
「取りたい本」
「ああ、あの赤い背表紙の」

わたしの涙ぐましい努力の末、他の本よりも前に迫り出したそれを指差すと、泉は腕と体を少しだけ伸ばしてその本をあっさり引き抜いた。

「ほれ」
「あら、ありがとうございます」

取ってもらった本から顔を上げて泉の顔を眺めてみる。大きな目が訝しげな色をうかべた。

「なに」
「いやあ、なんか・・・」
「んだよ」
「今のさ、少女漫画みたいな展開なのにときめき要素がかけらも感じられないこのがっかり感」
「それ貸せ、戻してやる」
「嘘ですごめんなさいときめきました、ときめきトゥナイトしました」
「それはそれで気持ち悪ぃからやめろ」

謝って弁護をすれば額に横チョップが飛んできた。どうすりゃ満足だったの、と尋ねると、素直にありがとうぐらい言えねえのかと、正論が頭の上から降ってくる。

「っていうかなにしにきたの」
「本探しに決まってんだろ」
「泉、本とか読まなさそう」
「おー、正解」

なんか面白いのある?と尋ねてくる泉に、こまったさんでも読んどけばと適当に返す。またもチョップが飛んでくるかと思いきや、意外にも「懐かしいな」という反応が返ってきた。

「もうひとつのほうなんだっけ?」
「ああ、お菓子のやつもあったな」
「えーと、まいったさん?」
「作るたびにどんだけ問題が起きるシリーズだよ」

苦笑いする泉をよそに取ってもらった本を読み始める。泉は隣で本棚を物色しているようだ。再び雨の音だけがざあざあと耳に響く。なかなか面白そうなので、机に戻って本格的に読み始めようかと本から顔を上げると、泉が一冊の本をしげしげと眺めていた。

「名字、これってこの前映画になったやつだよな」

泉が差し出した本には覚えがあった。確かに今年の春に映画化された本だ。映画を見てなかなか面白かったので原作も読みたいと思っていた。

「うん、映画面白かった。っていうかそれわたしが読みたい」
「はあ?まあ良いけど」

ほれ、と泉から本を受け取る。ありがと、とその流れで先ほどまで読んでいた本を泉に渡す。

「あ?」
「ってことでこの本いいや、戻して泉」
「踏み台持ってくるっていう発想はねえのかよ」

当たり前のように渡してんじゃねえよ、と本日三度目になる打撃を頭に喰らった。



「では泉を踏み台に」
「いい加減殴るぞまじで」

<111127>
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