屋上に続く階段は薄暗くて寒くて、けれどこの場所には色々な思い出が詰まっているから決して嫌いにはなれない。下半身に伝わるコンクリートの冷たさから気を紛らわそうと足をパタパタと揺らした。まだだろうかと膝に顔を埋めたところで、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえて頬が緩んだ。

「買ってきたぞ」

その声に顔を上げると、踊り場のところで慎吾がビニール袋をがさがさと揺らしていた。

「うむ、ごくろう」
「ごくろう、じゃねえっつの。くそさみーわ今日」

差し出されたコンビニおでんの容器を受け取ると、かじかんだ指先がやんわりほぐれる。

「待ってるわたしも寒かったけどね」
「だから教室で待っとけって言ったじゃねえか」
「なんか好きなんだよね、この薄暗さが」
「エロいことすんのにちょうど良いしな」
「さ、いっただっきまーす」
「スルーかよ」

慎吾のしょうもない言葉は華麗に無視して割り箸をパキリと割る。慎吾は慎吾でそれを特に追求することもなく買ってきたおにぎりを食べ始めた。いつも通りに流れる会話、いつも通りに眺めるのはコンクリートの壁。けれどそれも今日で最後だ。
「長かったんだか短かったんだか」
「あ?」
「3年間」
「ああ、な」

わたしも慎吾も推薦入試を終えて受験戦争を離脱して、春からの進路も決まっている。明日からはもう授業もなくて、早起きだってしなくて良くて、これから春までのんびりだらだらと過ごすことが出来る。高校生活の間、あんなにも望み続けた生活が明日から待っているというのに、鉛を飲み込んだみたいに心がずっしりと重たい。どうしようもなく寂しい。

「なに、寂しいの」
「…そうだね、寂しい」
「お前1年前はあんなに先輩達うらやましいっつってたのにな」

くくく、と笑う慎吾に顔をしかめる。そういう思いがあったのは間違いないけれど、口にまで出していただろうか。そんなこと言ってたっけ?そう問うと慎吾は、「すげー言ってた」と懐かしそうにさっきとは違う表情で笑った。

「人生の楽園じゃんとか言ってた」
「うわ、全く覚えてないんだけど」
「それが今じゃ寂しいとか言って、とんだ御都合主義だな」
「うるっさいなあ」

なんでそんなどうでもいいことばかり覚えているんだろうこの男は。以前それについて聞いてみたところ、お前が忘れすぎなだけだろ、と返ってきた。そんなことはない。どうでもいいことは忘れるけれど、大事なことはきちんと覚えている、多分。

「まあ寂しいは寂しいけど、そう変わんねえと思うぞ」
「えー、変わるよ、激変するよいろいろと」
「まわりの環境はな。俺ら自体はそんなに変わんないって」
「そうかなあ」
「そうだよ」

だからさっさと飯食え。そう言われて気付いてみれば、箸はちくわを挟んだまま止まっている。口に運ぶとあつあつだったおでんはちょうど良い温度になっていた。

黙々とおでんを食べながら、これからのことを想像する。数年後、まだわたしと慎吾が良好な関係を築けているとして、今日のことを話したとしたら、このどうでもいい会話の内容をわたしはすっかり忘れていて、だけど慎吾は覚えていて、同じように笑うのだろうか。その時わたしたちは、どんな風景の中にいるのだろうか。考えても考えても、その風景の形を捉える事はできないけれど、わたしと慎吾、ふたりの姿はわりと安易に思い浮かべる事が出来た。そうか、そんなに問題はないのか。

「うん、大丈夫かもしれない」
「だろ?」

すこし心が軽くなったところで食欲が湧いてきて、食べるスピードをあげる。というか食欲が湧いてくるどころか、この量じゃ足りない気がしてきた。そんなことを考えていたら、「おにぎり3つじゃ足りねえな」と慎吾がぼそりと呟いた。

「わたしもおでんだけじゃさすがに足りない気がしてきた」
「購買なんか余ってっかな」
「いやあ厳しいでしょ」
「だよなあ、もう一回コンビニ行くか」
「今度はわたしも行ってあげよう」
「当たり前だろうが」

最後にとっておいたたまごを食べ終えてカップと割り箸をビニールの中に放り込む。立ち上がろうとしたところで右から手が差し出された。

「ん」
「寒いのやだなあ」
「おら、行くぞ」

掴んだその手は温かい。いつも通りに。
いつか、今日ここで話したことも、夏も冬もひんやりと冷たかったこのコンクリートの温度も忘れたとして、けれどいつだって熱を持っていたこの大きな手のひらの温度を忘れることはないのだろうと思う。一緒に笑って居られる限りはずっと。





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