目が覚めて枕元のスマホに手を伸ばす。画面に表示された時刻は十時すぎ。温かい布団の中、まだ眠たい頭で昨日の晩の母の言葉を思い出す。

「明日の初詣、九時には家出るからね」

思い出した途端、一気に目が覚める。布団から勢いよくがばりと起き上がるけれど、部屋の寒さに怖じ気づいて再び布団に包まった。東北の朝は本当に寒い。お正月に合わせて、毎年この時期は母方の実家があるこの土地で過ごすけれど、いつまでたっても慣れない。それどころか年々その寒さが身に染みるようになってきた。布団に包まったままどうにか着替えをすませて、とりあえず朝ご飯を食べる為に居間に向かう。隣で寝ていた母の布団はきれいにたたまれていたし、家の中はとても静かだ。置いてきぼりを食らったとかんたんに察することができた。初詣行きたかったのに、とひとり口をとがらせて階段を降りていくと、かすかにテレビの音が聞こえた。家の中に残っているのはわたしひとりではなかったらしい。居間のふすまを開けて台所のほうに目を向けると、寝癖だらけの頭をした孝支くんがコンロに火をつけているところだった。

「孝支くんおはよ」

声をかけると振り返った孝支くんはわたしの姿を確認して「おはよう、寝坊仲間よ」と笑った。

「孝支くん以外みんな行っちゃったの?」
「じいちゃんだけ残ってるよ、部屋で寝てるらしい。雑煮食べる?」
「食べる」
「餅は?」
「いっこ」
「はいよー」

こたつに入ってみたものの、まだ電源をつけたばかりだったようであまり温かくなかった。テーブルの上にメモが置いてあることに気がついて手に取る。「寝坊組は置いていきます。おじいちゃんは部屋で寝ています。」母の字で書かれたそれを丸めてゴミ箱に放って、テレビのチャンネルを回した。お笑い番組に箱根駅伝にドラマ、何週かザッピングしたところで結局箱根駅伝にチャンネルを合わせた。ちょうど2区から3区にリレーをするところのようで、実況も声援も色めきだっている。その雰囲気に引き込まれて、わたしもテレビに釘付けになる。

「出来たぞー」

しばらくするとごとり、とわたしの前にお椀が置かれた。湯気といっしょに出汁の匂いが立ち上る。ふたり揃って「いただきまーす」と手を合わせて、もくもくと食べ始めると、部屋にはテレビの音だけが響いた。

「そういえば孝支くん部活は?」

お雑煮を食べ終わって、カゴに入ったみかんに手を伸ばしながら思い出してそう尋ねると「三が日の間は休みなんだよ」と返ってきた。そう言われてみれば去年もそんなことを言っていたなあと思い出す。

「明日でこのだらだら生活ともお別れだなー」

儚かった・・・と呟く孝支くんの頭では、相変わらず寝癖のついた髪がふわふわ揺れている。従兄弟である孝支くんに会うのは年に一度か二度だけで、それもほとんどがお正月の間だ。だからわたしの知っている孝支くんは大抵、寝癖のふわふわした状態であることが多い。聞くところによると、孝支くんの通う高校のバレーボール部は、昔は結構な強豪校だったらしく、今でも練習はなかなかに厳しいらしい。そんな部の中にいる孝支くんは想像し難く、ちょっと見てみたい気もするのだけれど、部活が始まる頃にはわたしも東京に帰るので、やっぱりその姿は拝めないままだ。

「孝支くんがしゃきっと頑張ってるところがあんまり想像つかない」
「失礼だなー」
「全国大会、とかになったらバレーもテレビでやるっけ?」
「春高の決勝とかは全国ネットでやるべ。試合も東京でやるし」
「決勝かー。あ、でも東京で試合なら見に行けるか」
「春高行けたらの話だけどなー」
「頑張れ」
「頑張ってる」
「おお」

部活をやっていないわたしにだって、それがどれだけ大変なことかはわかる。けれど、どれだけ大変でも遠い目標でも、孝支くんはそこを目指して頑張っているんだろう。
それはきちんと知っている。見たことがなくたって、想像がつかなくたって、それはまぎれもない事実だ。

「孝支くん、わたしたちも今から初詣行こうよ」
「今から?良いけど・・・」
「神頼みしにいこう」
「神頼み?」
「しゃきっと頑張る孝支くんを見られるように」

遠回しな言葉でそう言うと、孝支くんは少し驚いた顔をしたあと、もう一度「失礼だなあ」と嬉しそうな顔で笑った。

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