多分、この道を泉と二人で歩くのはこれが最後なのだろうなあと思いながら夕焼けの始まる空を見上げた。初めて帰り道が一緒になったのは中学二年生の秋の始まりで、それから今日までの一年と半年ほど、一緒に帰った回数は両手を使えば数えられてしまうけれど、その帰り道のどれもをわたしはしっかりと覚えている。記憶の中ではいつも、少し前を歩く泉の顔は見えなくて、まあるい坊主頭を眺めながら歩いていた。視線をまっすぐの位置に戻すと、あの頃よりも髪の伸びた、坊主とはもう言えない、中途半端な髪型の頭が目に入る。

「そういえば泉さあ、その髪なんなの?伸ばすの?」
「伸ばすよ、わりいかよ」

ちらり、と一瞬だけこちらを振り返った泉の顔はふてくされたような表情だった。

「うわー高校デビューだよ、ほんとのわたしデビューだよ」
「うるせ」
「別に髪伸ばしたってモテるとは限らないからね」
「・・・ぶん殴るぞ」
「万が一にモテてもその性格の悪さですぐに愛想つかされるよ」
「よしわかった、グーでいく」
「わー冗談だってば!」

伸びてきた泉の左手に頭を掴まれて、殴られまいと必死に抵抗するけれどそれも叶わず、ごち、と鈍い音をたてて泉の拳がわたしの頭にぶつかる。そんなに痛くはないけれど、おおげさに「いたい!」と叫ぶと、泉は半笑いで「反省しろ」と返した。

泉が髪を伸ばしたら。
どうなるかなと想像してみるけれど、二年前の春に出会って以来、泉の頭は坊主であることがほとんどだったので、ちっとも想像はつかなかった。けれど多分、格好よくなってしまうのだろうなあと思った。前を歩く泉に気がつかれないように、そっとため息をつく。全部ぜんぶ、うそなのだ。モテるとは限らないだなんて、愛想をつかされるだなんて、全部。ただでさえ大きな目のかわいらしい顔つきをしているというのに、髪を伸ばした泉だなんてきっとすぐにチヤホヤされだすに決まっている。そしてその性格なんて、知れば知るほど、好きになってしまうに違いなかった。経験者は語る、なんて。

「高校行ったら泉の坊主時代の写メ見せて回ろ」
「お前な・・・まあ別にいいけど」
「・・・いいんだ?」
「別にモテたいわけじゃねーし」
「ふうん」

本当にモテようとして髪を伸ばしていると思っていたわけではなかったけれど、それは特に口にしなかった。そりゃあ泉だってお年頃だもの、髪ぐらい伸ばすだろう。

「俺は、好きなやつに好かれてたらそれでいいよ」

とうとつに、ぽつりと放られた言葉をそのまま受け流しそうになった。けれどすぐにその意味を理解して、胸の真ん中がつぶれるような感覚をあじわう。そうか、泉には好きな人がいるのかな。そりゃあ泉だってお年頃だもの、恋ぐらいするだろう。

「ふうん」

何でもないようにそう返すのが精一杯で、泉の方を見ることはできなくて、夕焼けの空は目にしみそうで、少しゆっくりと歩く泉のスニーカーを見ていた。ギンガムチェックのコンバース。坊主頭の泉にはちょっとおしゃれすぎるのではないかと思っていたけれど、髪が伸びたら、きっと似合うだろうなと思った。その時、泉の隣には誰か可愛い女の子でも歩いているのだろうか。想像したら、息の仕方を忘れそうなほどだった。
しばらく無言のまま歩いていると、ふいに、ざり、とギンガムチェックの動きが止まって、そのつま先がこちらを向く。つられてわたしも立ち止まり顔をあげると、泉が不機嫌そうな顔をしてこちらを振り返っていた。

「言っとくけどお前、他人事じゃねえんだからな」
「は?なにが・・・」
「今の話」
「いまのはなし・・・」

泉が髪を伸ばすこと、別にモテたくて伸ばす訳ではないこと、泉としては好きな人に好かれていればそれで良いこと、それがわたしにとって他人事ではないということ。

「ど、どういう意味」
「どういうって・・・」

泉の顔は不機嫌どころか完全に怒った表情になったけれど、その頬に夕焼けのせいではない赤みがさしていることに気がついてしまった。一瞬、心臓が止まったんじゃないかと思うほど、体の中が静かになって、けれどすぐに心臓の音が大きく響きだす。また、胸が苦しくなって、けれどさっきの暗く悲しい気持ちはどこかに消えていた。

「好きなんだって、名字のこと」

聞こえた言葉に、ついに息の仕方を忘れてしまった。
言いたい事はあるはずなのに、それらは喉のあたりにつっかえて言葉にならなくて、泉の赤い頬をじっと見つめた。


「・・・なんか言えって」
「び、びっくりしすぎて言葉が・・・」

出てこなくて。そう言い終わる前に、泉の手がわたしの手首を掴んだものだから、さらにびっくりしてしまって、わたしの喉からはもう永遠に言葉は出てこないのではないだろうかと思った。そのまま歩き出す泉に戸惑いながら、わたしも腕をひかれるまま歩き出す。

「返事は、卒業までにくれたらいい」

背中越しに聞こえた泉のその言葉でようやく、自分が告白をされた立場だということに気がついた。なんてことだろう。泉は、わたしの気持ちなんか知らないまま、わたしを好きだと言ってくれた。胸がいっぱいになって、泣き出してしまいたくて、けれどわたしには言わなくてはいけないことがある。泉の手が手首から離れるそぶりを見せたから、今度はわたしがその手を握った。泉が驚く番だった。立ち止まり振り返ったその顔を見て、息を吸い込む。

「わたしねえ、泉が丸坊主のころからずっと泉のこと好きだよ」

つないだ手は冷たい空気に反してひどく汗ばんでいたけれど、その手を離したいとは思わなかった。告白をすることってこんなにも恥ずかしくて逃げ出してしまいたくて、だけど合わさった視線を反らそうとは思わなかった。


「・・・そっか」

気が遠くなりそうなほど長く感じる沈黙のあと、泉はほっとしたように笑った。
わたしも笑い返そうとしたのだけれど、こぼれたのは笑顔ではなく涙になってしまった。ほっと出来たのも束の間、目に見えてあたふたしだした泉に、申し訳ないなあと心の遠いところで思う。

「なっ、なんで泣くんだよ」
「緊張したから、ほっとしたら涙が」
「・・・俺の方が緊張したっての」

すねたような声に、「だよねえ」と返して、ようやく笑うことが出来た。

「泉の性格が悪くてもわたしは愛想つかさないから安心していいよ」
「うるせえよ」

最後の帰り道はあまりにも特別なものになってしまった。だって泉の後ろ姿ではなくて、その横顔が、その手の温度がきざまれている。つないだ手を引かれて再び歩き出した帰り道は、これから先きっと、今までのどれよりもずっと鮮明に思い出せる。

<130330>
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