「で、結局ゲームに付き合って勉強しなかったってわけ?」

お昼休みのざわついた教室の一角で、目の前の兵太夫はコーヒー牛乳を片手に苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。続けて購買で買ってきたらしいカレーパンにかぶりついているけれど、眉間に皺がよったままの表情なのでおいしいはずのそのパンは大層まずそうに見える。

「しなかったわけじゃないよ、夜に少しやったって」
「あの馬鹿はまだ一年だし良いかもしれないけどさ、ぼくら来年受験生だよ?」
「まあ元々ゲームやろうって言い出したのは僕だったし、名前があんまりにも面白い顔するから、僕もつい楽しくなっちゃって」
「三治郎、今テスト何日前かわかってる?」

はあ、と大げさに項垂れる兵太夫に苦笑いをして、最後の一口になったおにぎりを頬張る。今日が木曜日でテストは来週の火曜日からだ。土日を挟んでいるとはいえ、今日を除けばあと四日。

「わかってるからさすがにまずいなって思って兵太夫に頼んでるんだよ」

そう言って笑うと兵太夫は返す言葉もないらしく、呆れた視線をこちらに寄越すだけだった。今朝のうちにコンビニで買っておいた値段が少し高めのチョコ菓子を鞄から取り出して「はい、謝礼前払い」と机の上に置くと、兵太夫は少しの間それを眺めて、もう一度ため息をついたあとに渋々と受け取った。

「どっちの家でやる?」
「あ、僕んちでいい?ついでに名前のもちょっと見てあげてよ」
「はあ?なんで僕が」
「だって僕が教えたって一緒に考え込むことになるだけだし、兵太夫が教えてあげた方がわかりやすいし早いでしょ」

昨日少しだけとのぞいてみた高校一年生向けの数学の問題集の内容は、解けないレベルではなかったけれどそれをわかりやすく噛み砕いて人様に教えるとなると顔をしかめたくなるものだった。名前は距離的にも精神的にも面倒だなんて言っていたけれど、距離的な問題さえ解決してしまえばきっと兵太夫に教えてもらうだろう。窓から入ってくる風がびゅう、と少し強くなってカーテンが大きく膨らむ。それを抑えて窓の外、眼下に広がるグラウンドを眺めた。テストが近くなってからも個人的な朝練と放課後にランニングは欠かさずにしている。けれどそれだけではなんとなく物足りない。テストなんかさっさと終わって、早く部活がしたいと思った。

「三治郎さあ、」

さっきからため息ばかり吐いてる兵太夫がことさら深く息を吐いたものだから、視線を正面に戻す。

「なんなの」
「いや、つくづく名前に甘いと思って」
「えー、別にそんなことないと思うけど」
「自覚ないのがさらに問題だね」

いきなり突きつけられた意見に少し驚きながら、自分の行動を振り返ってみるけれど、特に心当たりはなく首を傾げる。

「甘やかしてるつもりはないけど・・・まあ面倒はみてやりたくなるでしょ」

十年以上そうやってきてるんだし。そう返すと、兵太夫は「そりゃあそうかも知れないけど」と飲み終わったらしいコーヒー牛乳のパックをぐじゃりと潰して頬杖をついた。

「いつか名前にも彼氏が出来てお嫁に行くんだよ」
「なに、その娘を手放したくないお父さんみたいな」
「三治郎はそれで良いのかと思って」

妙に真剣なトーンで兵太夫が言うものだから、僕もその雰囲気につられて考え込む。名前に彼氏ね、とよく知る幼なじみと顔のない男が寄り添っている姿を想像するけれど、思い浮かぶ名前の顔が昨日のゲーム中のふてくされた顔や兵太夫と言い争う時の般若のような顔ばかりで、どうにも笑いそうになる。けれどふいに、いつの間にか見下ろすようになったつむじをなんとなく思い出して、僕も名前も、もう昔のままではないのだなと、そう思うと少しだけ胸が苦しくなった。それでも。

「良いも何も・・・名前があんなでも貰い手が見つかるならそれが当たり前だよ」
「ふーん」
「もしかして僕が名前のこと好きだとかでも言いたいの」
「んー、まあ、そんなとこ」

大して頼りがいがあるわけではない僕の後ろをいつもついてきた名前をかわいいと、特別だと思わないかといえば嘘になる。けれど幼なじみなんて、みんなそういうものなんじゃないだろうか。恋愛感情を以て名前を好きかと問われると、それは少し違う気がした。

「好きは好きだけどさ、多分そういうのじゃないよ」
「・・・そっか」

この昼休み何度目になるかわからないため息を最後に、兵太夫は納得したふうに呟いた。そうだよ、と心の中で僕も呟く。そしてもう一度、顔のない誰かと寄り添う名前を想像する。それは近い未来に存在するだろう当たり前で、相変わらず名前の顔は変な顔しか浮かばなくて、けれど少しだけ、寂しいかもしれないなと、そう思った。




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