いつも通りの朝にいつものように家を出る。
夏はいつの間にやら駆け足で過ぎ去ってしまったようで、少し冷たくなってきた風が頬を撫でた。金木犀の匂いが鼻をかすめて、深く深呼吸をした。

「おはよ」
「あれ、さんちゃんだ。おはよう」

声がした方向に視線を移すと、一つ年上の幼なじみが隣の家の玄関から出てきたところだった。

「今日は朝練行かなかったの?」
「いやあ、寝坊しちゃって」
「珍しいね」
「うん、久しぶりにゆっくり寝た」

すっきりしたあ、と笑うさんちゃんと並んで歩き出す。こうして一緒に学校に向かうのはずいぶんと久しぶりだ。小学生の頃は毎日のように並んで歩いて登下校を共にしていたけれど、中学高校と年月を重ねるにつれてそれは当たり前のことではなくなってしまった。最初こそ寂しく感じて気落ちした時期もあったけれど、人間は学び成長する生き物だ。わたしにはわたしの、さんちゃんにはさんちゃんの生活のサイクルというものがあるのだと理解してからは、寂しいという気持ちはあまり感じなくなった。

家から数メートル歩いたところにある金木犀の木は、橙色の花を目一杯に咲かせていた。思わずすんすんと鼻をならしたわたしに気がついてさんちゃんが笑う。

「いい匂いだね、金木犀」
「うん、でも金木犀の匂いするとさ」
「兵太夫の?」
「うん、芳香剤事件」
「事件て」

くくく、とおかしそうに笑うさんちゃんの横でわたしは苦笑いを漏らす。金木犀が香ると必ず思い出す秋の記憶。今はもう関わり合いのなくなってしまった小学生の頃の友達の泣き顔と、兵太夫くんのしかめっ面が頭に浮かんだ。きっとさんちゃんも同じ光景を思い浮かべているんだろう。そう思うと苦笑いは自然とにやけ顔になる。同じ思い出を共有していることの嬉しさに胸のあたりがこそばゆくなる。

「兵太夫に悪気はなかったんだろうけどね」
「いや、あれは悪気あったよ、悪意の塊だもんあの人」
「僕がなに?」
「うわ、びっくりした」
「あ、兵太夫おはよー」
「おはよ。で、なに?」

後ろからキキッというブレーキの音と聞き慣れた声が聞こえて肩をふるわす。振り返った先の兵太夫くんは自転車を降りて、わたしたちに並んで歩き出した。

「兵太夫が小学生の時にナイフのような言葉で女の子を泣かしたときの話」
「はあ?そんなことあったっけ」
「多分数えきれないほどあるよ」
「名前、余計なこと言うと痛い目みることになるよ」
「ほらさんちゃん、朝からこんな不機嫌なの、ろくな人間じゃないよ」
「朝っぱらから人に喧嘩売ってくるような女だってろくでもないけどね」
「もー、間に人挟んで喧嘩しないでよ」

鬱陶しいなあ。笑顔のさんちゃんが発した棘のある言葉により、わたしと兵太夫くんは出かけていた相手を罵る言葉を喉に詰まらせ苦い顔をする。わたしだって兵太夫くんだって、さんちゃんを怒らせてはいけないということをよく知っている。無言の圧力ほどこわいものはないのだ。

「っていうか三治郎、朝練は?」
「ん、寝坊」
「へえ、珍しい」
「あはは、名前と全く同じ反応だ」
「なにそれ不愉快」
「性悪と一緒にしないでよわたしも不愉快」
「誰が性悪だって」
「車輪のやたらちっさい自転車に乗った前髪パッツンおしゃれ野郎のことですけれども」
「名前もこういう自転車乗った方が良んじゃない?短足でも地面に足つくよ」
「誰がダックスフンドだよ」
「そこまで言ってないでしょ」
「朝からほんとに仲良いねえ、二人とも」

どれだけ久しぶりに並んで歩いても、積み重ねてきた日々は消えたりはしないから、わたし達はこうやって「いつも通り」を過ごすことが出来るのだろう。きっとこの生温く心地よい関係は当分変わりやしない。さんちゃんが優しいことも、兵太夫くんが性悪であることも、わたしと兵太夫くんが実りのない言い争いをすることとそれをさんちゃんが笑って眺めていることも、わたしがさんちゃんのことを好きであることも。




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