ご機嫌麗しい











そのさらりと揺れる細く綺麗な透き通るような金髪は、まるでおとぎ話のようだった。
実に優雅に片膝を立てて跪き、頭を垂れる。
そしてそのまま、流れるような動作で優しく手を取って、その形のいい唇が弧を描いた。
その唇が手の甲に触れる時、それはもう、絵に描いたような光景で。
周りの人たちは皆、息を飲むだろう。
・・・まあそれは、そうされてるのが俺でなければの話なのだけれど。


「・・・なにやってん、だっ!」
「いたっ」


たまたま手に持っていたクーポン雑誌でその金髪の頭を軽くぺしりと叩いてやる。
なかなかにいい音がして、その綺麗な金髪もそれにあわせて跳ねた。
ぺしりと手を払いのけて、今度はいつでも殴れますよ、とアピールする為にそのクーポン雑誌を丸める。
その間に目の前の金髪―アフロディはすく、とよいしょ、という掛け声とともに立ち上がった。
立ち上がって、皺を伸ばすように世宇子中特有の白い学ランを叩き、顔を上げて何故か微笑んできたので待ってましたと言わんばかりに早速その丸めた凶器でぽこり、と頭を叩いた。
なんだか心なしか嬉しそうに痛がるアフロディに、で?と問うてみるが、それはもう実に不思議ですという顔をされてしまったため、言葉足らずを少し後悔して続ける。


「出会い頭になにしてるんだ?」
「やだなあ、ほんの挨拶じゃないか。」


俺は問いたい。
韓国ではいきなり待ち合わせすらしていなく、偶然、ばったり会った人間にそんな挨拶をするのか、と。
答えは確実にノーだろう。
ましてや思いっきり道端で、道行く人たちの視線が突き刺さる中、何をやっちゃってるんだと思う。
傍から見る分には何やってんだと呆れるだけで済むのではあるが、勝手に当事者・・・いや被害者にされてしまったのである。
当然周りからはアフロディと同等の扱いを受けているわけで。
正直恥ずかしいというかなんというか、うん、まあ恥ずかしいわけである。
スキンシップを取るのは実にいいことだと思うが、やっていい場所、やっていいこと、それらをわきまえてほしい。
ただでさえ目立つ容姿をしているというのに。
自分がどういう人間か、まったく分かっていないのだ。


「風丸くん、今帰り?」
「そうだよ、見て分かんないか?」
「…なんかさ、僕にだけ冷たくない?」


誰がそうさせてると思ってんだ誰が。
というか夕方の6時に制服きて鞄持ってたら大体帰りだろう。
むくれるアフロディにそんなことはない、と淡々と告げるあたり、もしかしたら本当に冷たいのかもしれなかった。
まあそもそも別にそこまで親しくないし、ましてや以前は敵…といってはあれではあるが影山の手先だったわけで。
冷たく当たっているというか、警戒している、と言ってほしい。
するとうーんと何か考えだしたアフロディが俺の手を引く。
細いものの力強く、そして油断していた俺はあっという間に引っ張られ、路地裏に連れて行かれてしまった。


「風丸くんはカチカチだね。」


路地裏に連れて行って壁に俺を押しつけながらそんなことを言う。
何を言ってんだ、と怪訝な顔をしつつ、「何が」とそのまま思ったことを口にすると、その綺麗な造られたような人差し指で胸の中心部を突き刺される。
そしてぐり、とねじられ、制服にその部分を中心に皺が出来た。
さほど強い力ではないものの、何故か妙に威圧されてしまって気圧される。


「凍ってるってことだよ。」


心がね、という。
別に凍ってなどいないが、「それはお前に対して?」と聞くと「うん」と頷いた。
まあ確かにアフロディに対しては心に鍵をしているに違いなかった。
開いてしまえば吸い込まれる自信があった。
それ程に中毒性が、強い。
もしかするとそれは円堂以上かもしれない。
円堂は素直で明るく、裏がない。
だからこそこの目の前の何を考えているかわからない男には開いてはいけない。
そういう何か強迫観念染みたものが自分の中にあったのは紛れもない事実だった。
今だって、既に見透かされている。
出来るだけ周囲と同じ態度を取ろうと気を付けていたというのに。
フランクに、出来るだけとした行動が寧ろ不審に映っていたのかもしれなかった。
開いてはいけない、絶対に。


「溶かしてあげようか。」


知ってる?お姫様が眠りから覚める方法。
そう続けてくすりと笑う。
阿呆みたいに恥ずかしい言葉を投げかけられてもそれが実におかしくないのが可笑しい。
やはりアフロディは何か、持ってる。
だからこそ開けてはならないと思っていたのに。
どんどん近付く顔にぎゅ、と目を瞑る。
思っていた衝撃がなかなか来ず、目を開けるとアフロディは先ほどより距離を置いてそして悪戯っぽく笑う。


「びっくりした?」


そりゃあもう、と返答するとがっかりした?とすかさず聞いてくるので首を横に振る。
残念というか寧ろ、なんとなく、安心した。
神に魅入られた人間にロクなことはないのだ。
それは重々承知だった。
だからこそ一度開放してしまえば、それを断ち切ることは不可能なのだから。





***
サクさんから頂きました「照風」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




戻る



.