微妙









部活が終わっての岐路、何故だか無性に喉が渇いて一緒に帰っていた源田を誘って手頃な喫茶店に入る。
俺はミルクティー、源田はアイスコーヒーを頼んで、それをこなれたウェイトレスが持ってきて、ストローを加えて飲む。
他愛もない話をしつつ、不意になんとなく話のネタに、と思って源田に問う。


「源田の初恋っていつ?誰?」


そう聞くと源田は飲んでいた珈琲のカップをかちゃんと小さな音を立てて皿の上に置き、少し考える素振りを見せた。
源田が口を開くまでとりあえずストローでミルクティーを飲む。
妙に甘ったるいそれにシロップ入れすぎたな、と眉を顰めつつ、口に含んで丁度ストローから唇を離したところで源田が「小学二年の時だな…」と自分でそれを思い出すように、噛み締めるように、ぽつりと言った。
小学校二年。
まあ、妥当な歳だろうとひとりで心の中で勝手に納得しつつ、話を掘り下げる。


「どんな子だった?」
「大人しい子だった。」


源田が言うにはこうである。
その子はみんながわいわいと遊んでいる話に入らず、休み時間はいつもひとりで黙々と本を読んでいる子だった。
その行動がどうにも不思議で源田はその子を気にかけていたようだ。
そしてそれからその気にかけているということが気にしているに変わり、そしてそれがいつしか自然に目で追ってしまっていて、いつの間にか恋になっていた。
よくありがちな展開である。
源田はどうにも懐かしそうな目をしてゆっくりと珈琲を啜りながら語る。
大きな垂れ目に眼鏡で、黒髪のおかっぱだったそうだ。
おかっぱって。
せめてボブって言ってやれって。


「で?」
「で?」
「コクったの。」


そう俺が聞くと飲んでいた珈琲を今度は大きな音を立てて皿に置かれた。
ごほごほとむせているところを見るとまあ確実に想いを伝えられなかったんだろう。
初な奴め。
せき込んでいる源田にとりあえず手元にあった紙ナプキンを渡しながらしかし、と思う。
全くもって俺とは正反対だな、と。
眼はつり上がってるし、眼鏡じゃねーし。
まして黒髪じゃなくてどっちかというと確実に白髪。
大人しいだなんてそんなもの一番程遠い。
自分の性格の悪さには自分自身重々承知である。
そこまで考えて、何故か妙にもやっとしてしまうのはきっとまああれなのだけれど、出来るだけ気付かれたくないわけで。
プライドが許さないというかなんというか。
調子に乗らせたくないというか。
やっと咳がおさまった源田が、「コクってない」というのを聞いて、やっぱりな、と思う反面どこか心の奥底で良かったと思う自分がいやに女々しい。
別に束縛をするほうでもないし、好きにそこらへんの女とよろしくしてくれても一向に構わないと思う程なのだが、いや、そう思ってた、としたほうが正しいのかもしれない。
確かに今俺は自分から話を振った癖にその源田の初恋の相手が密やかに妬ましいとすら思っているのだから。
はあ、とため息を思わずつきたくなってしまうが、ここであまり不機嫌になるのは何か嫌だった。
源田にとってはいい思い出なのだから。
ここで俺がへそを曲げてしまうのは筋違いな話で。
そう思ってその想いを上塗りしてしまおうと、そのくそほど甘いミルクティーを啜った。
やっぱり不愉快になるほど、甘い。


「まあ、昔のことだし。」


と源田が言った。
そして何食わぬ顔で珈琲を再び啜り出したので、もしかすると俺の考えていることは源田に筒抜けだったのかもしれない。
まあ確かに昔のことだし。
割り切っているに違いないのだから気にすることなど、ない。
あ、と小さな声を源田が上げるので、顔を上げると源田がまた何か言った。


「見た目は似てないが、強情なところは佐久間に似てる。」


そんな微妙な喜んでいいのか悪いのか分からない共通点を見つけられて、思わず吹き出してしまう。
たったそれだけで、本当に仕様もない。
それだけですっと晴れる己の胸の内が酷く単純明快で。
どうにも自分は実に単純な人間なのだなあ、と思う。
複雑に絡んだもやはあっというまに消えてしまって、本当に、単純。


「はは、何言ってんだ、微妙。5点。」
「何の点数だ、それ。」
「わかんね。」


そう言って最後の一口を啜るとその甘さに妙に慣れてしまった自分がいた。





***
匿名さんから頂きました「幼少時代の源田の初恋話」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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