縛り付ける証明










夜の食堂は酷く静まり返っていた。
電気もひとつふたつついているだけで全部ではないため薄暗い。
日中はあんなにもにぎやかなこの場所も、皆が寝静まって、夜の闇も深い。
ぺらりと雑誌をめくる度に、響く音は普段なら想像出来ないものだった。
なんとなく眠れなくて購読しているサッカー雑誌を手に食堂に赴いてみたものの、まあ眠れないのは変わらない。
目が完全に冴えてしまっていて、これなら大人しく布団に潜り込んでおくべきだった。
くしゃりと下ろしたドレッドを手で掴んでため息をついた。


「きどーくん、」


その静まり返った空間に声が響いて、入り口のほうに振り返るとそこには不動が立っていた。
目が合った瞬間こんなところにいたのかよ、と言いながら、ひょいひょいと歩いてくる。
そのまま俺の座っている座席の前の席に座り、薄暗い食堂で向かい合う形になった。


「すまない、探したか?」
「まーな。部屋行ったらいねーし。あ、返事なかったから部屋、勝手に入った。」
「ああ、別にかまわないが、」


他のチームメイトを起こしてしまわないようにぼそぼそと出来るだけ小声で話す。
聞こえやすいように上半身を曲げ、机に腕を付き、前のめりになるように。
ドレッドが視界に入って、少々鬱陶しいので、右手で上に掻きあげる。
それを不動がやけにじとり、と見るので、なんだ、と問うと、別にと返されそのまま目線を逸らされてしまった。


「そういえば、何の用事だ?フォーメーションの確認か?」


そう再度俺が問うと、不動は呆れたようにため息をついた。
そしてそのまま机の上に置いていた俺の左手を手に取る。
それを弄ぶ様に、両の手でぷにぷにと握り始めた。


「鬼道くんさあ、そんな色気ないこというなって。」


視線は俺の左手のまま、仮にも俺たち、恋人同士だろ?と不動がそう言う。
確かに先日やっとのことで想いが伝わって晴れて恋人となったわけだが、正直あまり実感はなく。
俺が伝えて、不動が頷くわけがない、と思っていたから、不動が意図も簡単に了承したのが未だに受け入れられずにいた。
現に、不動と俺がそんな恋人になったからといって甘い関係になってすらなく、普段通り、特に変わりがなく。
不動が受け入れてくれたのも夢だったんじゃないかと思うほど、いつも通りで、まさか不動の口から『恋人』という二文字が飛び出すとは思わなかった。
だからこそあまりに突然に言うものなので、動揺して、頬は熱を帯びてしまった。
それを見て、不動が笑う。
照れちゃって鬼道くん、可愛いねぇ、だとかなんとか言いながら、以前離そうとしない俺の手をこねくり回している。


「ねえ、鬼道くん、」
「なんだ。」
「目、瞑って。」


この状況で何を言うか、と思い、逆に目を見開いてしまう。
正直なところ、こういう部類のものに免疫なんてないのである。
意識させておいて、どういうことだと、目を開いたままでいると机の下にある足を思いっきり踏んづけられてしまったので、思い切って目を閉じた。
何をされるのか、心臓がばくばくと爆音を奏でているのがよく分かる。
落ち着け、落ち着け、と思いつつも、神経だけは敏感で、何をされているのか探ろうと、必死だ。
しかし不動は先ほどと同じように俺の左手をいじり続けているようで、特に変わったことはない。
焦れて、まだか、と聞くと少しは大人しく待てねえのか、と怒られてしまった。
潔く諦めて、不動の好きにさせてやろうと、目を瞑ってしばらく経過。


「どうぞー。」


という不動の声を合図に目を開ける。
ぼんやりと視界を取り戻していき、目を閉じる前と同じく目の前には不動が座っていた。
何をされたのだろうか、と目を凝らすと、不動がその箇所に指を差していた。


「これ、どうした。」
「え、マーキング?」


変化したのは何故か疑問口調でそう言った不動が先程まで弄り倒していた左手だった。
左手、というのは大まか過ぎる。
性格には左手薬指。
見知らぬシルバーのシンプルなリングが嵌められていた。
まあこの状況からして不動が嵌めたに違いないのだが、いや確実にそうなのだが。
妙にご機嫌そうに頬杖を付いた状態でその指に触れ、眺めているのだから。
表面上はいつも通りのポーカーフェイスを保っているつもりではあるのだが、正直出来ているのかどうか。
動揺で頭の中はこんがらがっているし、その妙に嬉しそうな不動の顔がどうにも、俺の心臓を圧迫するのだ。


「・・・・・・マーキング?」
「そ。鬼道くん、もてるし。」


そうしてれば相手がいるってわかるだろと、不動の細く白い指がその指輪に触れた。
言うなれば、束縛。
俺は不動のものだと、直接言われた訳ではないが、そういうことだと思うとなんだか妙に。
愛おしいと思ってしまう。
実際のところ不動はただその場のノリで、ただの気紛れで頷いたのだと少しだけ思っていた。
左薬指に嵌められたらそれを見ながら、そんな疑いを持った自分を恥じた。
ならば、俺も。
何か縛りを。
不動に証を。


「不動、」
「あ?」


ちょいちょいと手招きをする。
従順に顔を近付けてくる不動の頭をぐい、とこちら側に引く。
そのまま自らも身を乗り出して、不動の白い首筋に吸い付いた。
ちゅう、と吸い上げる間不動は何も言わなかった。
只静かな食堂にはちゅくりと水音がひとつだけした。


「…俺もマーキング、とやらをしてみんだが、どうだ。」


唇を離してからそう言うと不動は呆れたように首元に手をやりながら、これじゃ消えるだろ、と言った。
取り敢えず今はこれが最善の、束縛。





***
ぜんまいさんから頂きました「鬼不で甘々」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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