冗談も大概にしろ












部活が終わった帰りに、そういえば、と思いだす。
今日は日直だったにも関わらず、学級日誌を書くのを忘れていた。
いつも一緒に帰る円堂に、先に帰っといてくれ、と告げ、教室に戻る。
もう外は真っ暗で、廊下もこれまた恐ろしいことこの上ない感じだったが、特にお化けを信じるタチでもないため、まあさほど気にならず。
自分のスニーカーが廊下を踏みしめる音が反響した。
がらりと教室の扉を開け、電気を付ける。
普段は騒々しいのに、とてもがらりとした雰囲気になんだか変な感じだ。
そのまま自分の机の中を漁り、無造作に突っ込まれていた日誌を取り出し、椅子に座る。
普段よりひんやりとした椅子は練習後の火照った体には丁度良かった。


「…風丸?」


誰もいないはずなのにそう呼ばれて、一瞬ビビる。
いや、別にお化けが怖いとかそういうんじゃない、断じて違う。
その声は聞きおぼえがあって、そっちを向く前に直ぐに誰か判別できた。


「豪炎寺?」


そう言って振り向くと案の定我が部のエース、豪炎寺修也その人で、教室の入り口でつったっていた。
そのまますたすたと教室に入ってきて、何をしてるんだ?と言われたのでとりあえず日誌を持ち上げて見せてみる。
すると納得したように頷いて、そのまま俺の前の席の椅子に座った。


「…帰らないのか?」
「お前が終わるまで待ってる。夜道危ないだろ。」
「いや、俺、男だし。」


豪炎寺は冗談を言わない奴だと思っていたが、何とここでボケるとは…。
と思いつつ、冷静に突っ込み返す。
しかし豪炎寺はいつもの真顔を全くと言っていい程崩さず。


「いや、お前可愛いから。」


がったーんと思わず立ち上がってしまった。
何言ってんだ!何を!と言うと、悪い、冗談だ。とやはり真顔で…いや、少しだけにやりと笑ってそう言う。
そして俺を一瞥して書かないのか?とか言いだすもんだから、一体誰の所為だ誰の、と思う。
前言撤回。
豪炎寺は冗談を言う。真顔で。
俺の頭の中のデータをそっと上書きして、投げ出したシャーペンを手に取る。


豪炎寺は喋らない。
ずっと無言で遠くを見ている。
鼓膜に届く音と言えば、シャーペンが紙の上を走る音と、時計の秒針が刻む音。
実に静かな豪炎寺だが、別にその空気が嫌というわけではなく。
俺はひたすらに手を動かす。


「そういえば、」
「ん?」
「妹さん、待ってるんじゃないのか?」


とふと疑問に思ったことを口にした。
そういえば豪炎寺には小さい妹さんがいたような気がする。
相当仲が良いようだし、ただでさえ部活で遅くなっているのに、と思う。
寂しがっていたりはしないんだろうか。
なんだか付き合わせてしまって悪いなあと思ってしまう。


「早く帰ったほうが…」
「いや、」


そんな俺の言葉を豪炎寺が遮る。
そしていやに真剣に、じいと、その端正な顔に見つめられてしまう。
妙に整っていて、女子がキャーキャーと黄色い声援を飛ばして、ファンクラブまであることがよくわかる程。
そしてその口が、言うのだ。


「風丸といるのも大事だ。」


どういう意味だ、どういう。
チームメイトとして、スキンシップを取るのも大事、とそういうことだろうか。
そういうことだろう、そういうことにしといてくれ。
けれど、どうして。
俺の頬は妙に熱を持ってしまったのだろうか。
まだじいと見つめてくる豪炎寺の瞳がどうも熱っぽく見えてしまって、慌てて下を向いて日誌に取り組む。
まあ冗談なのかもしれないし、さっき豪炎寺が冗談を言うことも証明されたじゃないか。
ああ、もう。
時計の針と、シャーペンの音。
それに俺の心臓の音が加わって、どうにも五月蠅い。





***
來稚さんから頂きました「豪風で学校」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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