目まぐるしく変わっていく私の家の中、それを傍からただただ見ていた。時代の流れには逆らえない。清が……あのヒトが倒されてから覚悟はしていたじゃないですか。何時かやってくると決まってしまった日に、ただただあの頃は不安で怯えていた。その半面で自分の目で世界を新たに見れると思うと、この狭い部屋を飛び出してあの青い空に飛び立ってしまいたいとさえ思ってしまうことも僅かにあった。ええ、憧れですとも。
 私の世界は狭すぎていた。極東の島国と聞こえはいいけれど、すなわちそれは世間から隔離された世間知らずと言う事だ。誰よりも歳を召している私が世間知らずだなんて、可笑しいと思った。でもそれが現実であることも確かだった。
 上司たちは私を強い国にしようとしているらしい。危機感に煽られ、急げ急げと早馬の足よりも速く物事が進んでいく。
 あれを取り入れよう。戦だ。もっと良い国にして行こう。このままでは列強に呑まれる。私たちの祖国を守るのだ。そんな様々な国民の声に揺さぶられ、私は、わたし、は。


「日本さま。」
「失礼いたします。」
「……一体、誰ですか?」
 思想にふけっていた私に声が届く。軍服を身にまとっている同じ顔立ちの二人。頭の中を探ってみても覚えがなかった。すなわち全く見たことのない人物だった。問えば彼らは自らの手を額に動かす。敬礼のそれだった。
( 互いに揃っていない形に陸軍と海軍では敬礼の形が違うことを思い出した )


「わたくしは、大日本帝国陸軍と申します。」
「わたしめは、大日本帝国海軍と申します。」
「貴方さまと同じ、」
「象徴でございます。」


 ああそうか、今日確か決議が下されたのだったか。私、大日本帝国が国軍を持つことを。
 ならばこの子たちは私の矛であり盾であるのだろうか。


「……近くに。顔を見せてください。」そう命じれば「はっ」と短い返事がぴたりと重なって返ってくると同時に、音も立てずに二人は私の目の前にやってきた。整った顔が更に映し出される。揃いの黒髪、黒目はまるで夜を閉じ込めたようであった。日のいづる国だというのに夜と言うのは正反対なものだなと言ったある男のつぶやきが思考を掠める。
( そういう貴方だって、星の国なのにまるで夏の青空のような瞳をしているというのに )


「日本さま、いかがなされましたか。」
「いえ、なんでもありませんよ。

 ―――弓月、伊月。」


 薄らと二人は表情を変える。驚いたというよりは呆けているような二人の髪をくしゃりと撫で、言葉を続けた。


「陸軍、海軍。貴方たちは言わば私の子。親はまず子に名を与えるものですよ。」
「弓月……?」
「伊月……?」
「おや、ご不満でしたか。」
「ち、違います。むしろ……、」
「とても、とても光栄にございます。」
「そうですか。……ああ、私は本田菊といいます。貴方たちも人名を名乗る時は私の姓を名乗りなさい。分かりましたね?」


 嬉しそうな表情をして頷く二人の子供たちの髪の毛を掬えば、さらりと水が指の間を抜けて行ったのではと勘違いする程に細く柔らかな黒髪が舞う。ああ、愛おしい。
 守ってやらなければという心が芽生えると同時に、どう私の駒として育て上げていこうかという心が芽生える。私だけに依存した、私のために動くこの子たち、考えるだけで口角が上がってしまう。ああ、楽しい。久しくこんなぞくぞくとした楽しさを味わっていなかった。


「宜しくお願いしますね。私の愛し子たち。」


 くつりくつり、込み上げる笑いを抑えて私は優しさに塗れた甘い笑みを二人に与えた。



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