スピカの心
その夜は外交の一環らしく遅くまで飲んでくるとの連絡がルートからあった。その連絡が来たのが四時ごろで丁度ご飯を作り始めようかと思っていた私は出鼻をくじかれたような気持になったが、無駄に料理を作らなくていいことにまあいいかと電話越しに頷いた。本当に良くできた弟を持ってアイツは幸せ者だと思う。
ちょっとだけでも、声、ききたかったなぁ。
ピッ、通話の終わりを告げる電子音だけが虚しく響いた。お酒なんて嫌いだ。
その夜、真夜中だというのにぱちりと目が覚めた。夢の中ではしなかった音に驚いたからだ。ガウンを羽織って玄関へ向かえば案の定べろんべろんになって出来上がった状態の兄弟がそこにはいた。
「名前〜帰ったぞぉ〜!」
「水を……くれないか?」
「ん、ソファで待ってて。」
ルートの方は帰ってくる間に少しだけ酔いがさめたのか、渡した水を一杯飲むとすまないという顔をして早々に部屋へと引き上げて行った。明日も仕事があるというのに接待までするなんて辛いだろう、朝はおかゆでも作ってあげよう。
「あー……、ギルはどうしようかな。」
「んあ?」
ゆるりとまどろんだ目が私を映す。そしてくしゃみを一つした。夜の寒さに体を冷やしたらしい、風邪になっては大変だ。ソファに横たわった彼のそばに腰を降ろすと着ていたガウンを掛けた。
「名前の匂いがするぜー……。」
「変態か。」
「変態でもいいし。名前ー。好きだぜー好きー。」
そうとう酔いが回っているらしいギルは腰にその長い腕を巻き付けてきた。筋肉質な腕はスーツやガウン越しからでも分かるもので、どきんと胸を高鳴らせた。日頃はスキンシップも少ない彼が酔うとここまで緩くなってしまうのか、酒の力って恐ろしいなぁと思いつつそのありがたみに思わず手を合わせたくなった。お酒、いいじゃない。すりすりと顔をよせてくる姿は大型犬のようで、彼のサラリとした銀糸を撫でつけながら頬を緩ませた。
「私もギルのこと、好きだよ。」
すらりと流れ出た言葉は本心以外の何物でもない。けれど、何が不満なのかギルは私を抱きしめる腕の力を強くしてふてくれたように唇を尖らせた。
「どれだけ好きかしらねぇくせに。」
ぷっくぷぷー! 頬袋を膨らませた彼にどうしようもなく込み上げてくるものがあった。私も同じくらいギルが大好き、言葉に出来ないほど、大好きだよ。何時の間にか夕方からあった寂しさはなくなり、心のなかを愛しさが占めていた。
スピカの心
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