小悪魔? いいえ悪魔です。
「名前ちゃん、やるの本当に?」
「勿論、失敗は許されないから慎重にいくよ。」
「仕掛ける時になったらメールくれへん?」
「それっぽい文面のやつね。」
「そのメール見せる事ないだろうけど……演技にリアリティって大事よね! 名前頑張る!」
リビングのソファに座ってケータイを弄る。一方で恋人であるギルベルトは直ぐ奥にあるキッチンに水を飲みに行っていた。
カチカチ、そんな音を指先から伝える。型の古いケータイをいつまでも愛用している所から私は随分と古い物に愛着を持っているらしい。送信ボタンを押して腕を上へと掲げた。届けー、そんな思いを込めてメールを送る。ひと段落してから私は口を開いた。
「ギルー。」
「……んあ?」
「フランシスが、付き合わないかって言ってきた。」
「ぶふーーー!!」
口に含んでいた飲料水を盛大に吹き出すと彼は信じられないと言った表情で振り返った。口元汚いよ。タオルを投げつければささっと顔を拭う。
「どうしよう? トーニョに相談したら付き合っちゃえばいいんちゃうって返ってきてさ。」
ちらと視線をやれば彼はその瞳が零れ落ちそうな程に見開いていた。
その顔が余りにも衝撃的で一人笑いそうになるのを必死にこらえる、腹筋が辛い。
「……どうしようなんて知らねえよ、俺に聞くんじゃねえよ……!」
好きにすればいいじゃねえか。抑揚のない声が響く部屋の中、少しだけ温度が下がったような気がしていた。
哀愁の漂う背を向けて彼は自室に戻ろうとしていた。
思ったよりも深いダメージを負ったらしい彼に、私の中の良心がきりきりと痛んだ。
「ねえギル。」
呼び止める。
「こっち向いてよ。」
立ち止まった彼は少ししてから顔をこちらに向けた。
今にも泣きそうな表情を隠しているつもりなのか少しだけ眉間に眉を寄せて、僅かに俯いていた。
―――パシャ。
ケータイの電子音が響く。
は、と呟いた彼の顔は呆けていて面白かった。
「よっしゃギルの泣き顔とったああああ! やったぜ私ミッションコンプリート!」
高らかに叫ぶ声には歓喜の色が滲んでいた。
騙されたことに彼が気づき、怒りに身を任せるまであと10秒。
「名前てめっゴラアアアア!」
「ごめんねギル愛してるから許してーん!」
「言い訳はベッドの中で聞いてやるから待てぇぇぇ!!」
命がけの追いかけっこの中、私はそっと仕掛け人二人にメールを送るのだった。
その画像のことをネタにされて笑われ続けることをこの時ギルベルトは知る由も無かった。
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