放課後、HRが終わるとゆるゆると図書室に向かった。 図書室はとても静かだった。一番の利用は昼休みだから、というのが大きな要因だろう。やっぱり放課後の担当に当たって正解だった。部屋の中をぐるりと一瞥して、カウンターの席に座った。本が好きだから図書委員になったものの、正直やることは無い。だから、私は何時も静かに分厚い本や、時々画集を見ていた。絵を描いている時間とはまた違って、私の癒しの時間だった。本の中に自分を投影して、そこに居ながら様々な場所に飛び立っていける。三度の飯より、というのは良く言った物だと思う。 そんなことをしている内に一時間程が経過して、五時を知らせる無機質な鐘が鳴った。どうせ、今日も誰も来ないのだろう。もう少ししたら帰宅しよう、そう思った時、静かに扉が開く音がした。 「し、失礼、します……。」 ぼそぼそと、語尾の弱弱しい声が聞こえてきた。その声に、聞き覚えがあることに気づく。其方へと視線を動かせば、背の小さな気の弱そうな男子学生がそこにいた。亜麻色の髪と、その背の小ささに、あ、と声が漏れる。隣のクラスのライヴィス・ガランテさんだった。よくトーリスさんたちと一緒に居るのを見かける。私も挨拶位はしたことのあるものの、それきりだ。間接的な知り合い以外の何者でもない彼に会釈をして、「何かあれば言って下さい。」とぎこちなく告げた。こんな時間に来たのだから、きっと何かあるのだろう。だけど自分から関わるのはリスク以外はもたらさない。ぺらりと薄く黄ばんだページをめくった。
彼が来て十分もした頃だった、カウンターにやってきて声を掛けられたのは。 「面白くて、神話を題材にした本ってありませんか……? ぼ、僕あんまり本に詳しくなくて……。」 初心者が神話物って思い切ったことするなぁと思いつつ、私は比較的読みやすく、それでいて面白いものと探し回った結果、私物の棚に要望にかなうものがあったことに気づいた。アレなら挿絵もあるし、一つ一つが短いし、なにより面白い。 「……この本なんかどうでしょう。神話を元にしたミステリーです、個人的には……ええ、面白いですよ。」 私は少しだけ上の棚にしまってあるそれを取り出した。この棚は私用の棚だ。余りに自分の家に置いてある書物の量が多くなってしまったので、許可を取って、卒業後一部を寄贈するという約束の元、一部をこの図書室のカウンター裏の棚に置かせてもらっていた。ただ、まだ一応、私物であることから管理シールなどは無く、一般には貸し出しはしていない。少しだけ埃をかぶったそれを払い、どうぞと手渡した。ライヴィスさんは、申し訳なさそうに眉を下げつつ口を動かした。けれど、それが何を言っているのか、聞き取ることができなかった。丁度その時、五時半を知らせるチャイムが鳴ったからだ。聞き返しても、彼は口をもごもごと動かすだけだった。
05
|