「日向、それ食べ終わったらでいいんだがこの書類を提出してきてくれ。生徒会に。」 「あ、はぁい。」 「助かるよ。これから会議なんだ。じゃあ宜しくな。」 無造作に置かれた書類の束に少し目を落としてから私は持っていたメロンパンを口の中でゆっくりと咀嚼した。甘ったるい少しざらりとしたものが舌に触れて、食べたことを示すように唾液と共に喉を伝っていった。 「日向ちゃんまっじめぇ。」 「ちさちんそんなの嫌だって言えばいいのにぃ。あは、ちさちんには無理か!」 クラスメイトの甘ったるい間延びした声が鼓膜を揺さぶるが、脳髄に届く間に何の感情も抱かないでいた。悪意があるのか、ないのか分からない声。随分と前から聞きなれたそれに条件反射のように自分でも意識する間もなく角の無い微笑みを作る作業に取り掛かった。 決めつけられたレッテルと言うものは中々剥がれ落ちる事はない。枷となって私を追い詰める。けれど私は逆にその枷に守られている部分もある、利用しているのだ。 私はクラスでは暗い変人として扱われていた。ただ大人しくしているだけだと言うのにクラスメイトはそれを暗いと評し、絵と読書が好きだと言えば変人だと言う。後ろ指を指してひそひそと何かを言われるたびに私は枷をまたつける。一つ、二つと増えていくその枷を見ながら、幾つまで増えるのだろうかと半ば他人事のように考える。 この枷をつけている内は、その枷をつけている範囲内でしか行動ができない。突飛した何かをすることなども出来ない。でもこの学校で目立つよりはその範囲内で静かに淡々と時間が過ぎるのを待った方が幾分か得策だと私は思っている。 あの出会いも、突飛した行動の中に入ってしまうけれど、彼以外の目撃人物はいない。それだけは幸福か。パックのコーヒー牛乳を吸い上げながらそう思った。ちょっと苦い。ああ、おいしい紅茶がのみたいなあ。
げ。自分にしか聞き取れないような声を漏らす。視線の先には廊下を大幅に占領するこの学校の不良たちがいた。ここ通った方が近いけれど、遠回りしよう。面倒事に絡むのはたくさんだ。くるりと体を翻した時、飛んできた声が踏み出そうとした足を掴んでここに留める。 「まてまてまて!」 「無視は酷いんじゃなぁい?」 「そうやでっ。って何もっとるん? お手伝い? 偉いなぁジブン。」 動け、動け。自分の足にそう念じてみるも、意識に反して足元の二本のそれは床に縫い付けられたようにがっちりと私をその場に縛り付けていた。段々と足音が近づいてくる。ああ、観念するしかないのか。昨日といい、今日といい、何でこんなにも私の平穏を崩そうとするのだろう。神様というのがいるなら残酷だと叫んでやりたい。 ふと腕の中の重さが一気に軽くなる。は。間抜けな音を漏らして少し視線を動かせば、書類が不良の腕の中にすっぽりと納まっていることに気づく。 「俺がもってってやるよ。で、何処だ?」 「や、やめてよ。もう子供じゃない……ないんです。」 「敬語なちさちゃんも可愛えぇなぁ。」 「ちさちゃんの可愛い手が痛んじゃうよ? 大人しくそこのギルちゃんに持たせとけって。」 「じゃ、ギルちゃんよろしゅうな。」 「お兄さんたち先に戻ってるから。あ、多分それ生徒会室ねー。お兄さんの机の上にでも置いといてー。」 すたすたとその場を去っていく二人に荒く返事をすると、一人勝手に歩き出した。ちょっとまて。急いで後を追い掛ける。足の長さが違うのでに追いつくのにも一苦労だ。なんであっちただ歩いてるだけなのにこっちは走らないといけないのだろう。私は薄らと恨みを込めた視線を幼馴染の一人の背中に突き刺した。
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