今日は兄さんがPCをやっている所を見て家を出た。いつも通りの光景だった。ただ、チラリと見えた画面はどこかの掲示板のようだったのが少し気になった。あの人、ブログだけやっている訳じゃないんだな。ひたすらにブログを更新しつづけるのもそれはそれは恐ろしいのでいいとは思うが、帰ってきてまだやっているようだったらいい加減怒ろう。そんな決意をして会議に向かったのが朝方のことだ。

 会議も無事に終わり、後処理をして回った俺は友人と早めの夕食をとってから帰宅した。家に着いたのは七時頃で、出迎えてくれたのは愛犬三匹だけだった。いつもなら飛び出してくる兄が出てこないことに違和感を覚えた。その時、嫌な予感が脳裏をかすめた。兄さんは、亡国だ。いつ消滅してもなんら不思議は―――そんなことはない、ない! 必死に否定するものの、自然と俺は早足であの人の部屋に向かっていた。ドアノブに手をかける、ノックもせずにドアを開ける、兄さん、兄さん、兄さん!

 部屋におかれた机に突っ伏している兄さんを見た時の安堵は計り知れないものだった。かすかに上下する肩、静かな部屋に響くいびき。寝るならきちんとベッドで寝てくれと言う俺の話をこの人は聞いていたのだろうか。そう思えるのは、彼が存在してくれていたからだ。よかったと胸を撫で下ろしたとき、むくりと兄さんは上半身を起こした。薄らと開いた目でキョロキョロとした後、俺の方をむいてにへらと笑う。

「ん……ヴェスト? お帰り。」
「ああ、ただいま。兄さん、寝るならきちんとベットを使ってくれと言っているだろう?」
「すまんすまん。マジちょっと眠くてよー、軽く寝たと思ったら結構寝てたみてーだ。」

「コーヒー淹れてきてくんね?」と言う兄さんの頼みに半分呆れつつ、二人分のコーヒーを用意してしまうのは弟の性分かなにかだろうか。温かな湯気をあげるそれと昨日作ったクーヘンを部屋に持っていくと、兄さんはまたPCの画面に向かっていた。

「何を見てるんだ?」と、兄さんのデスクの上にトレイを置きながら俺が問うと「おうありがとな! これは国際掲示板だぜ。」と得意げな声が返って来た。国際掲示板―――あれか、本田がよく見ている掲示板。世界の人々があつまり、交流をすることを目的としているらしい掲示板だ。そのあるスレッドを兄さんは見ていた。そのスレッドには沢山の国旗が映し出されていた。

「自国の国旗自慢だってよー、やっぱりドイツ国旗が一番かっけえな。でも本田のも中々……小鳥のようなセンスを感じるぜ……フェリシアーノちゃんのはめっちゃ可愛いぃぃぃぃ。」

 ニヤニヤ、そんな音がつきそうな笑みを浮かべて画面をみる兄さんを見て不安になった。大丈夫かこの人。後でフェリシアーノには注意勧告を出しておこう……。俺はコーヒーを飲みながら、楽しそうにスクロールをしては国旗たちに一言言っている兄さんを観察していた。こんなことに熱中するとは、よほど暇人なのだろうか。仕事してくれ仕事、そう言いたいものの、提出期限より前にはきっちりと書類も耳を揃えて完璧に仕上げてくるので強くは言えない。隠居生活だしそれでもいいかと最近は思う様になってきた。最後までスクロールし終えた時、兄さんはぬるくなったコーヒーを口にして、自嘲するように笑った。

「……これにも歴史があって、想いが込められてんだな。」

 切望がにじみ出ている声だった。顔を歪め無理に笑って、吐き出される言葉は一つひとつが鉛のように重く感じた。

「俺のは軍旗だから、国民のための象徴もこれからの未来のメッセージもない。お前らが羨ましいよ。」

 滅んだ国には、未来を夢見ることも許されないのだろうか? もう、何も残ることは無いのだろうか?

―――違う。

 俺は貴方からどれ程のものを受け継いできたと思う?
 国土も、国民も、一族としての誇りも、総ては貴方から授かったものだ。
 確かにもう貴方は存在していないのだけれど、それでもたくさんのものを残していった。

「貴方の黒は俺が背負ってる。」

受け継ぐ意志、託された未来


「ありが、とう。」

 息を詰まらせながら吐かれた言葉は、とても暖かかった。



元ネタ >>もしヘタ:国旗の由来を語る

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