大好きな人がいる。
 それは私の親であったり、同時に子であったり、友人であったり。私の中に息づく人々は皆そうではあるのだけれど、彼女だけは、彼女だけはそのなかでもとても大切な存在だった。

「きーくー……。」
「はい、なんですかラナ君。」

 縁側に座る私は、隣で寝転がる彼女から柔らかく紡がれる己の名に、くすぐったさを覚えながら、私もまた彼女の名を呼ぶ。小さく笑んだその顔が酷く愛おしく感じた。
 庭から見える桜も散り、今や青々とした葉が生い茂る。そんな桜の木に視線を移した彼女は、どこか遠くを見つめているようだった。しっかりと薄い茶の瞳にその木は映っている、ただ、それが少し虚ろだったのです。私は少しだけ首を傾げて、手にしていた茶を一口すすった。

「私、あとどれ位貴方の隣にいられるんだろうねぇ。」

 なんで、そんなことを言うのでしょうね。貴方たち、人というのは。
 貴方の様に、そう言って私の前を去っていく人は余りにも多くて、いつしかその言葉は私を苦しめるだけの言霊となり果てていた。

「……幸せすぎて、足元がおぼつかないって言うか……。しゅうー……って消えちゃうんじゃないかなぁって最近思うんだ。」
「貴方は、幸せなのですか?」
「うん。菊みたいな素敵な人と会えたんだもの!」

 はみかみながらそう言うラナ君に私の人よりゆっくりと脈打つ心の臓が、何時もより早く動いた。この人は、爺を殺す気なんですか。顔が上気していくのが分かる、ああ、もう。
 誰よりも、貴方にそういわれることが嬉しい。
 そう思ってしまう事は、国としては禁じられたことなのかもしれない。

「菊。」

 けれど、貴方は確かに私の名前を呼んでくれる。私自身をみてくれている。その薄茶の零れ落ちそうな瞳に私が映っている。
 ”日本”ではなく、一人の男である”本田 菊”なら、私は貴方を想っていてもいいのでしょうか。

 悠久の歳月を重ねるにつれて、私はいつしか人と触れ合うことを恐れる様になっていた。けれど、貴方はまた人の温かさを教えてくれました。人の愛し方を教えてくれました。

「菊は、幸せ?」

 澄んだ目を見据えて彼女は問うた。
 私は目を細めてゆるやかな弧を口元に浮かべた。

「ええ、とても。」

 幸せの体現

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