私は机の上に広げた教科書と、黒板を時々交互に見てから、くるりとペンを指先で弄んだ。集中できずに真っ白な頭の中は、薄ぼんやりとした輪郭のあの人がその大半を占めていた。
一番後ろにあるこの席からは教室全体がすこし頭をかしげるだけで見ることができる。右斜めの方向にある机の上、一人だけ目立つ赤いパーカーを着た自己主張の激しい彼は教師が目の前に居るというのにも関わらずに、今日も元気に眠っている。授業のほとんどを寝て過ごしているのに、なんで成績は学年トップなんだろう。そんな学生ありきな疑問も、彼の穏やかな寝顔の前では直ぐに色あせてしまった。
五分としない内に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ギルちゃんったらー、先生怒らせるの趣味なの?」
「なんや、まぁたこいつは寝てたんかー? 親分みたいにシャキッとせーや。」
「フランシスもトーニョもオカンかよ! だって授業つまんねーんだよ。」
「シャキッとできるように、元気になるおまじないする? する?」
「いや要らない……。」
「ふそそそー。」
「でたー、トーニョのおまじない。それって利くの?」
楽しげな他愛の無い会話が教室の一角から聞こえて来る。次の授業の用意をしつつ、耳に入ってくる彼らの声に自然に周りの視線は集まってくる。その場所は何時も花が咲いているようで、とても温かで楽しげな雰囲気で満ち溢れている。このクラスの人気者の三人は総じて顔も端整なためか、他のクラスの女子生徒たちもわざわざ近くにやってきて、黄色い声を飛ばしている。
女子たちはしきりに誰がカッコいいだとか、今こっち見たとか、楽しそうだ。
私自身は、そんなことは恐れ多くてできない。いや、この現状に納得しているために自分からあの楽しげな輪の中に入って行くことなんてできない。
あの人の世界を壊す勇気なんて、私は持ち合わせていなかった。
ギルベルト君。
私、嬉しそうな顔の君が好きなんです。
自分の姿が、そこにあればと思う事もあった。けれど、直ぐにそんな考えが無駄なことなんだと気づかされた。
それは、手に入ること無い幸せ、絵の様に見てることしかできない実用性の無い幸せ。でも、それでいいの。
私の映っていないその絵は、完成された美しいものだった。
絵に描いた完璧な幸せ