順応できないものは、消えてしかるべきなのだと誰かが言っていた。
 ああ、消えたい。
 冗談でもそんなこと言うなと目の前の彼は怒るだろうから、口には決して出さないけれど。

 あれから幾分かの時が経っていた。時代は少しずつだが移ろい、あの頃とは風景も人も文化もより華やかなものになっていた。今までは何となくフリードニアと言う既に名もなき国の元領地を転々としていたが、まだまだ発展はしていないのかその地域はあまり時代が流れたことを感じさせなかった。風景も人も文化も変化がない場所に、まるでそこだけが時間の流れから切り取られてしまったような場所にずっといた為か、私は余りにも現世のこと……世間一般のことに疎かった。

「だからな、お前のその服は此処じゃ浮くんだよ! 質素過ぎて! ベルリンだぞ? そりゃ首都なんだから少しは華やかじゃないとだな……。」
「訓練などで時間取られますから、せっかく服を買っても殆ど箪笥の肥やしにしかなりませんし……。」
「だからって年頃の女がドレスの一枚も持ってねえっておかしいだろ。」

 先程、ほぼ強制的にベッドの上に広げられたいくつかの服の一つをひょいと指先でつまみ上げた。注がれる視線が呆れを通り越して怒りになっている気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。

「軍服二着にシャツ三着、冬用の長袖一着……ってアホか。」
「すみません。」
「しかもお前が今着てるの入れても普段着五着とか。だせえし。」
「……っう。はい。御尤も……。」
「ってことで今から出かけんぞ。」
「え、やです。」
「Jaだな、いい子だ。」
「違いますよ!?」
「さっさと来いよ、日がくれちまう。」

 有無を言わさない、というか聞かない。なんて横暴。昔はもう少し私の話聞いていてくれた気がする。そんなことを密かに感じつつ、ギルベルトの言葉に体が動いているということは体が部下として教え込まれたことを覚えてるからなんだろうか。
 一分もしない内に家の外へ出ればギルベルトがベルリッツたちの強烈な遊ぼう攻撃を楽しそうに掻い潜っていた。薄らと聞こえた「ラナとデートだから後でなー。」という冗談めかした台詞に心臓が密かに何時もより強く波打った。なんでだろうか。

 ギルベルトが良く来ると言う服屋に入るなり、幾つかのドレスを渡される。そして着替え室に放り込まれた。使われている布からして良い品なのだろう、レース等が程よくあしらわれたそれは人である内は一度も着たことも、着たいとも思わなかったのでよくは分からないのだが彼が選んだと言う事はかなりセンスが光るものなのだろう。着慣れないそれを何とか着てギルベルトの前に出れば、彼はふむふむと何度か頷いて店主に向かってあれこれ指示を出していた。あれこれというのは彼が発する専門用語が分からないからだ。むしろ男性である筈の彼がなぜこんなにも知ってるのかが謎だ。

「お前も肌綺麗なんだから出せばいいのによ。」
「現代人で古傷だらけの女って、周りを困らせるだけかと思うのですが。」
「それもそうか。俺もなールッツに体見られたらビビられたことあるぜー。」

 両手に大きな箱たちを重ねて持って帰路に着く頃には空は暗くなりそこらの通りから美味しそうな匂いが漂うようになっていた。重たい箱の中身は全て服だ。こんなに必要なのかと疑いたくなるが、そもそも私の常識はあてにならないのでギルベルトの常識に全てを委ねることに落ち着いた。( 人はこれを”逃げ”という )
 今日の夕飯は何にしようか。ヴルストとジャガイモに、クネーデルでいいだろうか。ゆっくりと石畳の道を歩きつつ頭の片隅で今日の献立を考える。ビール飲みたい。浮かぶのはほぼビールのつまみばかりだった。駄目人間だなぁという心の声に相槌を打った、そんなこと私が一番良く知っている。
 同時にその心の声がささやいた。どうして、こんな駄目な人に彼はこんなにも優しいのだろうね。

「……あの、ギルベルト。」
「あー?」
「どうして、私になんか良くしてくれるのですか。」

 ああ、言ってしまった。どうしてか胸中では既に後悔が始まっていた。どんな言葉がかえされるのかは分からないというのに。体中に毒の様に不安が周る。
 私の存在意義ってなんなのですか? 利用価値は? 私をそばに置いて下さるメリットなど、あるのでしょうか。

「俺はお前に見返りなんか求めてねぇよ。義理堅くて謙虚すぎなのがラナの悪い所だよな。」
「……。」
「死んだっていうのに、亡国になってまで約束守る位に義理堅い。」

 ”死んだ”という言葉を吐き出す顔は少しだけ歪んでいた。
 不意に二人の歩みが止まる。
 街の微かな明かりに光る銀糸と、ルビーのような紅が町明かりに揺れている姿は幻想的だった。

「お前はそんなんだからメリットとかで物事を考えてるかもしれねーけどよ、ただ一緒にいて欲しいだけなんだ。」

 そんなことに、理由はいるのか? と彼は問う。でも、と口にしそうになったとき、不意に見上げた彼の顔が辛そうに歪んだのを見た。

「俺はお前が居てくれるだけで充分なんだよ。」

いとおしむような甘さと辛さを孕んだようなギルベルトの声が聞こえる。

「一緒に、いてくれよ。」

致死量の優しさ

恥ずかしそうに頬を僅かに染めた彼の向かい側で、私は恐らくこれ以上無いぐらいに真っ赤なのだろう。外を吹く風はこんなにも冷たいというのに頬の火照りが取れた気がしなかった。そんななか私が唯一出来たことは、首を縦に数度ふる事だけだった。

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