「呆気ないもんだな。」

 目の前の女の喉元に剣の切っ先を押し付けて、呟く。
 剣を押しのけようとした跡がべったりと赤い液体となって残っている。女の手は深く斬れていた。
 地面に放り投げられた四肢からは力が抜け、先ほど迄の抵抗していた力はどこへやったのか分からない。それは強者の力に抗う事を諦めた、生きる事を止めると決意した証だ痛いのはもう十分だから一思いに殺してくれと女が吐くように言った台詞の後からずっとこんな姿を俺の前に晒している。
 何故、足掻かない。
 その時 余りの衝動に僅かに切っ先が震えて女の喉を傷つけてしまった。( それなのにピクリとも動かないでいやがる )
 なんでなんだよ。なんで、泣かない? 叫ばない? 逃げようとしない? 生きようとしない?
 上辺の薄い皮膚が切れ赤い液体がその傷から少しばかり溢れる。「痛いか。」そう問いかければ、虚ろだった瞳が丸くなった。そして自嘲気味に笑う。

「いいえ。この期に及んで痛みなんて恐れると思うの、これからその刃で死を迎えると言うのに。」
「……そうかよ。」

 細首に宛がう力を更に込めた。塞がりかけていた傷口が更に深く傷付けられると血の量が増える。女の顔が少しずつ青くなっていく。
 今まで命を奪ってきた者たちは皆そうやって惨めな姿になってでも最後まで足掻いた。そんな奴らを俺は自分の心を殺してただただ切り捨ててきた。だってそれが俺という個人の思いでも”国”として上司の方針には従わなければいけないからだ。
 そんな奴に殺されそうになっていて、なんでムカつかないんだ。なんで生きようと思わないんだ。

「死を恐れるな、と言われてきた」
 小刻みに声が震えているのに気付いているだろう。
「だからこわく、ないんだ」
 頬に伝う涙に気付いているだろう。
 ゆっくりと女は瞼を閉じる。

「――なあ、名前なんていうんだ。」
「……ラナ。」
「そうか。……ラナ、」



「今度は幸せになれよ。」
 俺には、それを願う事しかできない。

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