「キク兄さん起きてー、朝ですよー。」
毎朝の目覚めに決まって私の兄は太陽の差し込むカーテンを恨めしそうに睨む。
弟のフェリは対照的に太陽の光を天からの恵みだと言ってめいっぱい受けているというのに、この差はなんだろう。兄の丸まった体をゆすりつつ思考にふける。
「んー……先に……父さんの方……行って下さいよー……。」
「もう父さんは起きてます。ほら、せっかく塩じゃけ焼いたんですから早く起きて!」
”塩じゃけ”と言う単語を出した途端に瞳を輝かせて布団から飛び上がった兄はそのまま洗面台へと駆けこんだ。余りに簡単にあの人が動いたのに驚く。毎朝これ言おうかな。洗面所に向かって用意してるからねーと言ってからキッチンへと足を進めた。
二階の部屋からキッチン・ダイニングに下りてくれば既に食卓には二人が座っていた。
父であるルートヴィッヒは黙々と新聞に視線をやっている傍らヴェニャーと鳴く家猫その1のイタちゃんを片手で相手をしていた。フェリと言えば何故か裸にシャツ姿で家猫その2であるドイツちゃんの筋肉質な体を触っていた。はあと深く溜息を吐いてから弟に早く着替えてきてと促すと私はキッチンに立った。毎日変わらぬ平々凡々な朝の光景、今や弟の裸も見飽きたものだ。少しぐらい恥じらいを持ってほしい。もう高校生なのに。一抹の不安を抱えつつ手を動かす。
今日の朝ごはんである塩じゃけと味噌汁の香りが漂ってくる頃には全員が食卓についていた。
「いただきます。」
礼儀正しい父に似て全員きちんと手を合わせてそういうと穏やかな朝食が始まるのだった。
「父さん醤油とってください。」
「減塩しろお前は。」
塩じゃけに醤油を更にかけようと醤油差しに手を伸ばすキク兄さんに父さんが険しい顔で咎める。じゅるり、今にも涎が垂れそうな兄はそれでもなお手を伸ばしていた。この塩分中毒者はやくどうにかしないと。
「ラナ姉ちゃんおかわり!」
「朝から良く食べるねフェリは。はい、どうぞ。」
「俺成長期だからね! ありがとー!」
「兄さんと父さんは?」
「味噌汁ください。」
「いやいい。ありがとうなラナ。」
「じゃあ珈琲でもいれますね。ブラックでいい?」
「ああ、頼む。」
父さんのマグカップと自分のマグカップを取り出してインスタントコーヒーを注ぎ込む、ふんわりと立ち込めたほろ苦い香りは酸味と相まって少しだけツンとしていた。
「ふふ……。」
「どうしたのラナ姉ちゃん?」
「なんかね……幸せだなぁって……。」
たぶん きっと おそらく
こんな なんてことない日常がとても愛おしい。
不意に湧き上がったそんな思いは珈琲から立ち上る湯気と同じように温かかった。