「助けてルートォォォ!」

 ルートヴィッヒが何してるんだと声を出す前に鈍い音とともにずっしりとしたそれが体当たりをしていた。しかし鍛えられた腹部にしっかりと付いた筋肉が、その衝動さえ殺しているため、実質彼にダメージはない。
 縋り着く姉のさらりとした質感の髪を撫でつける彼の手は見かけによらず優しく、そして穏やかだ。

「うふふー待ってよラナちゃーん。」

 遠くからやってくるのびやかな声にルートヴィッヒは肩を跳ねさせた。なんかこの人余計な物連れてきたぞ!? 心の中で半分悪態をつきつつ半分真っ先に姉が自分を頼ってくれたことに優越感を覚えた。

「イヴァン! 姉さんが怖がっているだろう!」
「僕のせいじゃないよ? 僕はただ好きなだけなのに。」

 けろりと言ってのけるこの男を誰かどうにかしてくれ。何時もいつも飽きもせずにイヴァンはルートヴィッヒの姉であるラナを追いかけていた。ラナはその度に兄であるギルベルトの所へと走って行くのだが二人揃って逃げるのが常だった。ギルベルトも過去のことからイヴァンが苦手である、それはもうアレルギーと言っていい程のものだとルートヴィッヒは思う。そんなことを考えている間にもギリギリとラナの腕の締め付ける力と比例するようにイヴァンがじりじりと間を詰めてくる。

「ひぃぃ来ないでってばぁぁ!」

 涙をうっすらと浮かべ頬を上気させている表情は、家族に言うのもなんだがそそられるものがある。もっと泣かしたいという小さな欲望が芽を出す中、彼は必死に頭を振った。これではあの男と同じじゃないか――そう自分自身を責めていると、姉の腕の力が少しだけ緩んだことに気づく。同時に、目の前に良く見た群青色が広がっていることにも気づいた。

「俺様登場! 大丈夫かラナ!」
「ぎ、ぎるぅ、」
「兄さん!」
「げ、ギルベルトくんだー。居ないと思ったのに。」

 ちぇ、拗ねたように頬を膨らませるイヴァン。ただそれだけなら幼い子供のようで愛らしくもあると思う、しかし彼の手にしていた鉄パイプが歪な音をたててぐにゃりと極東の島国の飴細工のようになっていた。暗にお前たちもこうなる運命だと告げているようだった。嫌な汗が滴る。
 それでも、大好きな兄妹のためなら俺達は―――
 二人はほぼ同時に言い放った。

「妹は、」
「姉さんは、」
「「嫁にはやらん!」」

 二人の自分を想う心に、ラナは涙をうっすらと浮かべたまま嬉しそうに笑った。
 ありがとう、二人とも。私も大好きだよ―――でも、



 走る、走る、走る。足が千切れんばかりに地面を蹴って三人の兄妹はただ我武者羅に走っていた。

「追ってくんじゃねーよこの骨太野郎がー!」
「逃げろぉぉぉ!」
「なんで挑発しちゃうのさー!」
「ちょっとまってよ三人ともー!」

 もうちょっと穏便に済ませなかったのかな。心の叫びは迫りくるイヴァンによる恐怖で掻き消えてしまった。

Ich liebe dich.

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