風習
幼馴染みの女の子から手渡された、ひとつの箱。それは女子が好みそうな色と可愛いラッピングで包まれていて、とても自分には似合わない。
いや、そもそも、何故こんなものを貰ったのか。渡されたときは嬉しかったものの、後から冷静になって理由を考えたら、これは作戦以外の何ものでもなかった。
「うあー……渚ぁ……」
「何でしょう」
「オレさ、絶対おかしいと思うんだよな」
「いつものことです」
「そりゃ、そーなんだけど」
渚の本邸。彼は箱の持ち主――煉の愚痴をあっさり聞き流す。
この時期に幼馴染みの女の子こと椛から何かをもらうこと、それはつまり恐怖と苦悩の塊をもらうことに繋がる。
「なぁなぁ、本当に『バレンタイン』ってもらったら相手に30倍返ししなきゃいけないのか?拷問のほうがまだマシな気がするんだけど」
溜め息混じりに嘆く煉。それを否定するわけでも肯定するわけでもなく、渚はただ自分の読んでいる本のページを進める。
この地方には、あまり行事の観念がない。だから違う地方、異国の文化を真似するのがこの地方なりの楽しみ方なのだが……煉は椛に言われ、バレンタインとはチョコをもらった男子が1ヶ月後に30倍にしてお礼をする、と教えられた。
「去年なんか、こーんなちっさいチョコレートに対して、ナナの実ケーキ1ホールだぜ!?有り得ないっての!」
散々言いたいことを言い、暴れるだけ暴れてから、また一つ溜め息をつく。
そろそろ彼のことを可哀想に思えてきた渚は、バレンタインという行事の確かな詳細を知っている。知っている上で、これはこれで面白いと黙っているのである。
「てかさ、渚って毎年たくさんチョコレートもらってんじゃん!30倍にしたら……うわ、考えただけで遠くに旅立ちたくなるわー」
「私に好意がないのでお返しはしていませんよ。それに、そのチョコレートの大半は、煉、あなたが食べてしまいますしね」
「うわー、渚ってば最低ー。せっかく自分にくれたんだぜ?嬉しくないのかよ」
「……そうですね、まぁ気持ちだけで良いんですよ」
煉から見た渚の株が少し下がったところで、改めて箱を見る。お店で見たものに比べてラッピングが少し粗い。きっと手作りなのだろう。手作りとわかると余計雑に扱えない。困ったことをしてくれたものだ。
さっきから隣の幼馴染みが溜め息や文句ばかりでうるさいのか、ようやく読んでいた本に栞を挟み、顔をあげた渚。そのまま、そういえば、といった表情で煉のほうを向く。
「フィアさんからチョコレートをもらったらどうするつもりなんですか」
「大丈夫だ、まだホウエンにバレンタインの風習はないらしい!怖くて口が裂けても言えないぜ!」
「では後で私が電話しましょう」
「やめろぉぉぉぉぉ!」
渚がどこかへ電話をかける動作を必死に引き止める煉。この焦りの表情は相当に切羽詰まったときしか見せない。そんなにも事態は深刻なことなのかと、渚は呆れた気にもなる。お礼が30倍と騙されているのだから仕方ないのかもしれないが。
恐らく来年までには彼は本当のバレンタインを知るだろう。……ということを去年も思っていたよなぁ、と渚は苦笑する。平和な年月を過ごせることを心から幸せに思った今日であった。
2012.02.14
そういえば6年くらい前はホウエンにもバレンタインあったなぁ。煉が知らないだけでホウエン組でもやってたら、それはそれで楽しい、けど、煉が色々可哀想になってきたからやめた。(笑)
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