飴
時計の針が差す、おやつの合図。いつものように夜深は何か食べようと部屋を漁るが、何も出てこない。
夜深は飴を主食としている。いや、厳密に言えば幽霊の彼女に食事は要らない。消化機能や味覚はあるが、必ずしも食べるという行為が必要かと問われれば、答えはNOである。
なので、飴はあくまでも嗜好品。飴がないと死んでしまうと言っているが、証拠充分なまでに嘘である。
「雷智ー、飴が食べたいよーう。あまぁーい飴がね、ヒヒッ♪」
「またそういう無茶振りを……今作ってるタルトじゃ駄目なのか?」
「だってそれ、葵ひとりでなくなっちゃうじゃないか」
週に3日以上はこの時間になると台所にタルトの匂いが広がる。今はまだ生地を作っている段階だから、出来上がりまではもう少し時間がかかる。
それにこのタルトは、9割9分の確率で葵という強欲男に食べられてしまう。どのくらい強欲かといえば、他人に分け与えるという行為をしないまま3人分を一気に食べてしまうほどだ。
そんな強者の下にいる条件が『飴をくれれば仲間になる』というもの。どこかの昔話のようであるが、これが夜深が葵についてきた理由である。
「飴〜飴〜干涸びるよ〜……」
「べっこう飴なら簡単だから、自分で作れるんじゃないか?クッキングシートの上に、内側に薄くサラダ油をぬったクッキー型を置き、鍋に砂糖と水を入れて、中火にかけて煮詰め、うっすらと色づいてきたら鍋を大きく回して、均等な色にしながら、火を止め、型に流し入れ、生温かいうちに型から外せば出来っから」
「ちーがーうー!」
一気に言われて頭がぐるぐるしてきた、と言わんばかりの顔をしながら夜深は反論する。
「作ってもらうのがいいの!」
「あれだけ作ってるところ見てたら自分でも作れるだろ」
「見学はタダだもーんっ」
つまりは作り方を覚えていないのか、意味不明なことを言いながらべーっと舌を出し、台所から消え去る夜深。
雷智は色々な意味で暫し呆然とした後、頭を掻きながらぽつりと独り言。
「……結局、飴はいいのかよ」
嵐が過ぎ去った後は、何事もなかったかのように目の前の作業を再開させる。
さて、これが終わったら次はとびっきり甘い飴作りかな。そんな声も微かに聞こえてきた。
その直後、紫兎に分けてもらったスコーンを頬張る、嬉しそうな夜深の姿が目撃されたという。
2012.02.05
雷智乙っていうお話。
[Back]