双子
「渚ったら、聞いてるのかい?」
「先程から嫌というほど聞こえています、兄さん。なのでもう二度と呼ばないでください」
同じ顔。同じ声。同じ体型。二人と初めて会った人も即座に認めるだろう、そっくりな双子。
そんな二人の違うところは、弟が兄のことを吐き気がするほど嫌っているということ。
「冷たいなぁ、渚ったら。兄様が話しかけてるんだから振り向いてくれてもいいじゃないか」
「リーダーとしての仕事はどうしたんですか、今日はやることがたくさんあるって煉が言ってましたよ」
「そんなものは雷智がやってくれるそうだ」
しれっとした表情で言っているが、雷智が葵に逆らえずに渋々請け負ったことは渚にはすぐに想像できた。
そして、副リーダーである雷智に仕事を全て押し付けてきたことに対して、張本人は悪いとは微塵も思っていないよう。
そんな無責任で自信家で、しかし決して勝てない兄・葵のことを、渚は昔から嫌っていた。
些細な喧嘩にしろ、本格的な戦闘にしろ、葵に勝ったことなんてただの一度もない。
双子なのに格差を感じる。それが渚にとってはコンプレックスでしかなかった。
「なんで渚は俺のことをそんなにも嫌うんだい?俺たちは双子じゃないか、同じ遺伝子なんだって」
その言葉、『同じ遺伝子』というこの世で一番嫌いな単語に敏感に反応し、今まで避けていた視線を初めて合わせた。
目の前にあるのは、眼鏡を外した自分と瓜二つな顔。それはまるで大きな鏡を見ているようで、紛れもない同じ遺伝子の証。
しかし中身は自分とは違うことをよく知っていた。兄とはあらゆる意味で違いすぎている。
そして、いつも優位に立っているこの自信家に対して、思いつく限りの嫌味を並べることにした。
「兄さんのその上から目線、根拠のない自信満々な態度、自分に意見する者を力でねじ伏せる極悪さ、雷智さんに無理やり仕事を押し付けてこうして私をからかいにくる神経等々、兄さんの言動全てが私には理解できません」
勝った。この瞬間の渚の表情はそんな風に見えただろう。思いの丈を全て告白し、本人も打ち負かした手ごたえを感じていた。
これで兄の困惑する顔が見られる、そう思った瞬間だった。
「……なんだい、要するに俺が羨ましいのかい?」
「なっ……!?」
予想つかないほどの思わぬ反論に、逆に渚が戸惑う。まさか、そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
自分は周囲に引けを劣らないように一生懸命努力しているのに、兄は何もしていなくても自分を追い抜かしていく。その絶対的な実力と才能の前には、無力な渚は今まで何も出来なかった。
だから兄が嫌いだった。兄のすること全てが嫌い。ただそれだけだったはずなのに。
「……兎に角、私は兄さんが嫌いです。それはこれからも変わりません」
「なんだ、お兄様に向かってその態度は。そうか反抗期か。でも俺は渚ちゃんのことが好きですよーっと」
語尾にハートマークでもつきそうなほどの笑顔と唐突な抱擁。いきなりのスキンシップも嫌いな原因のひとつだというのに、それを解っているところが余計に癪に障る。
最後の必死の抵抗をかわされ、最早渚には僅かな勝ち目すらなくなっていた。
それはこの上もなくもどかしくて、悔しくて、しかし諦めるしかない事実。
いつか背中しか見えない兄を超えて、今の自分と同じ気分を味あわせてやりたい。それが今の渚を動かす大きな力になっていた。
まったく、なんて皮肉な話なのだろうか。
2009.05.03
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