箱庭


 
 いつもと同じ、暗い部屋。
 いつもと同じ、始まる実験。
 いつもと同じ、必要最低限の会話。

 何事も始まるのはこの暗くて狭い部屋からだった。

 繰り返される灰色の生活、少女は嫌ではなかった。というより、それ以外の生き方を知らなかったからこの生活で満足するしかなかった。誰かが帰って来なくても仕方ない。誰かがいきなり"妹"や"弟"になっても仕方ない。諦めというよりは受容という言葉のほうが近かった。
 少女はこれが生きるということだと思っていた。痛くても、苦しくても、そうしてみんな明日を迎える。明日を迎えたところでまた同じことの繰り返し。
 それでも悲観的にならないでいられたのは、彼がいたから。

 「さぁ、実験を始めるよ」

 彼は柔和に笑った。この空間で笑うという行為をしてくれるのは彼以外にいない。

 「君は世界で一番可愛くなれる存在なんだよ」

 一度でいい、私の名前を呼んでほしいの。あなたに。

 私の名前は――




 「――ディアっ、起きて!ディア!」

  誰かの声が暗闇に響いた。目を開けるとそこにはよく見知った顔の仲間である杏がこちらを覗き込むようにして立っていた。天気が良かったので散歩に出かけてみたものの、どうやら木陰で昼寝をしてしまったようであった。しかし今は昼というには少々暗い時間帯である。

 「もー、いないと思って探しに来たら……こんな時間まで外で寝てたら風邪引いちゃうよ?」
 「んんー……そーだね……」
 「あれ、もしかしてまだ寝てるの?ほら、しっかり!朝だよ!違う、夕方だよ!起きてー!」
 「杏ってば声大きいのぉー。聞こえてるってばぁ」

 ふぁぁ、と一回大きな欠伸をするとクローディアは今が現実であることを認識する。と共に少し寂しくなった。これが噂によく聞くホームシックというやつだろうか。しかしクローディアには帰る家などもうない。
 寂しさの原因はあまり覚えていないけども、思い出したいような、忘れたいような、そんな複雑な夢を見たからだろう。


 「なんか夢でも見てた?」
 「んー……なんだっけ?たぶんディアが可愛くなろうと頑張ってたときの夢かなぁ」

 その話詳しく聞かせてよ、と言う杏をディアは笑って流した。そうした後に自分は今笑っているんだ、と他人事のように感じていた。笑ってる、そう、今あたしは笑ってるんだ、と杏に聞こえないように心の中で繰り返し反芻した。


 あのとき願った夢の続きは、今、叶っているだろうか。
 確かめる方法なんてないけれど、願わずにはいられない。




 2014.04.04

 ディアの夢は誰よりも"人間"らしい夢だったかもしれない。


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