淡い日


 
 春。それは桃色の花が空に向かって満開に咲く、太陽の光が気持ち良い季節。
 ストラウドとクロエは姉弟揃って、桃色の空を見に来ていた。凪いだ風が花弁を綺麗に運んでくる。
 いつもは病弱なクロエだが、この天気の良さと景色にに思わずストラウドの手を引いていた。渋る弟の顔を気にせず花の咲き誇る並木道を歩いていく。


 「綺麗、だね。ラウドもそう思うでしょ?」
 「花なんて……よくわかんない。食べられないし」
 「ふふっ、育ち盛りの男の子には興味ないかー」


 悪戯に笑う姉の笑顔に、ストラウドは少し恥ずかしくなる。同じ血の繋がった姉弟でも感性が違うのは、姉と自分の性別が違うからだろうか。ストラウドにはクロエほどの豊かな感性を持ち合わせていない。せいぜい花が咲いている、程度の認識しか出来なくて、気付かれないように軽く唇を噛んだ。


 「少し前まではさ、こんなにゆっくり二人で出掛けることなんてなかったもんね」
 「……うん」

 昔、ストラウドは毎日戦闘することを強いられていた。来る日も来る日も殴り、殴られ、時には流血。怪我は当然のこと。しかしそれは、いつしか幼いストラウドに『当たり前』と認識されていた。
 だから、戦うことこそが生きる道だと思っていたし、そうしなければ生きられないと思っていた。そこにあるのは勝つか負けるか、まさに大人の世界。
 クロエにはそれが耐えられなかった。だからあの『牢獄』から弟の手を取って逃げ出したのだ。


 「ね、今と昔だったらどっちが幸せ?」
 「……どうしたの、突然」
 「いいから、どっち!」
 「い、今……じゃないかな……たぶん」


 姉の強引な質問に少し困惑しながらも、ストラウドは本音を言葉にする。
 少なくとも、今は毎日バトルをしなくてもいい。無駄に流血しなくてもいい。頭がボケてしまうほどの平和を手に入れたのだから。


 「そっか、良かったー」


 その回答に満足したのか、クロエはどこか清々しい表情を見せた。
 少なくとも、昔は見れなかった姉の笑顔。やっぱり笑ってたほうが素敵だよ、なんて思ってもストラウドは口にする事はしなかった。まだ気恥ずかしさが残っている。


 「大好きだよ、ラウド。ラウドの為なら何でもするから」
 「僕も姉さんは好きだよ。だから無茶はしないでね」
 「やだ、それはこっちのセリフだってば!」


 お互いに考えていることがなんとなくわかる。ストラウドはクロエを守る為に戦い、クロエはストラウドを守る為にその手を取って逃げ出した。互いに相手の為に命を懸けて動く事など容易い。故に、破綻しやすい。脆くも強い絆で結ばれている二人は、これから先も自己を犠牲にするのが癖となって抜けないだろう。
 ふわりと香る花の匂いが、今だけは現実を忘れさせてくれるようだった。


 翌日、クロエははしゃぎすぎて熱を出したというが、終始幸せな表情だったと看病していた菖蒲が言っているのを申し訳なさそうにストラウドは聞いていた。




 2012.04.18

 ラウドとクロエは、過去にグロいようなことばっかりな日常だったからなーと思って平和なお話。


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