「おい、腹が減った」
唯我独尊な性格の葵らしいと言えば葵らしいのだが、こんな唐突などうでもいい発言にも耳を傾けるプラチナ軍のメンバー。
この俺様な性格の発動が、全ての(とある人の)悪夢の始まりだった――
「何か食い物はないのか? 澪俐」
「いや、生憎私は持ち合わせていないな。夜深なんて何か持っているんじゃないのか?」
「ヒヒッ、私が持ってるはずないじゃないか♪なぁ? 紫兎」
「うん、夜深だもんね。あ、お兄ちゃんなら何か持ってるんじゃない?」
「……俺は駿河鍋という鍋がこの世に存在していることを知っているんだが。なぁ、駿河」
雷智のこの一言で、みんなの視線が一気に駿河に向けられる。
俺も何か食べ物持ってないかな……とポケットを手探りしていた駿河の手が一瞬にして止まった。この場合、危険を察知したともいえる。
「……って、俺!?」
雷智の言葉を理解するまでにそれほど時間はかからなかった。
今の話の流れでいけば、雷智も食べ物も持ち合わせていなくて、次は自分に話が振られるとばっかり思っていたのだが。まさかの展開に思わず焦りの表情を浮かべる。
「お前以外に駿河はいないだろう。今更どうした」
「いやいや!澪俐、そんな冷静に言わなくてもわかってるけども!明らかにおかしくねぇか? 確かに俺は駿河って名前だが、なんでそれが鍋に繋がるんだ!?」
「鳥ガラ……ヒヒッ♪」
「だーっ!俺は食用じゃねーっ!」
みんなで駿河をどうするか話し合っている間、こっそりと紫兎がぐいぐい、と雷智の裾を引っ張り、小声で話しかける。
ん? と雷智は腰を屈めて紫兎に耳を貸す。
「ねぇねぇお兄ちゃん、ほんとに駿河鍋ってあるの? あの駿河が関係するの?」
「いや、鍋は実際にあるが全く別の作り方だ。まぁ面白いからこの際黙っておこうではないか、弟よ」
紫兎の口を軽く手で塞ぐ。
雷智は完全にこの光景を娯楽の一部にしていた。
「……おい、腹が減ったと言っている。誰でもいいから食料になれ」
「おい葵、発言がおかしくねぇか? 『誰でも』って何だよ、明らかに俺を見て言うなよ!いいか、俺はただのピジョットなだけであってだな、」
「鳥ガラとる準備は出来たよ、ヒヒッ♪」
必死の駿河の抵抗話を遮り、いつの間にか夜深の手には水がたっぷり入った鍋があった。状態で言えば、あとは火をつければ下準備オッケー。
澪俐がその鍋を指差しながら、駿河に誘いと云う名の追い討ちをかける。
「ほら、あとはこの鍋にダイブするだけじゃないか。安心しろ、炎は責任を持って私がつける」
「夜深、何処からそれを持ってきた!?澪俐、淡々と話を進めるな!雷智と紫兎、なんだよこの距離感!」
「すまん、冥福を祈る」
「ごめんね、ご冥福を祈ります」
雷智が片手で軽く謝罪を表し、紫兎は心底申し訳なさそうに両手を合わせ、目を瞑る。
見兼ねた葵がとうとう痺れを切らしたかのように催促する。
「早くしろ、腹が減りすぎてイライラしてきた」
葵が偉そうに腕を組み、その一言で一連の行動を促す。それはもう駿河を食用としか見ていない目だった。
「のあーっ!押すな押すな!まじで鍋に片足入ってるから!俺ただの一般ピジョットなんだが!」
「まぁピジョットは大概同じ事を言うがな」
「早くしないと葵の機嫌が悪くなる一方だよ、ヒヒッ♪」
「いーやーだー!誰か助けてくれー!ほら、俺がいないと空飛べないぞ!?好きなところに行けないぞ!?それでもいいのかテメェら!」
「新しいピジョット探すから問題は無い。おい、早くしろ」
「俺の価値はそんなもんかぁーっ!?」
駿河の抵抗も虚しく、遂に両足が鍋の中に入った。あぁ、これで俺の人生も終わるのか。駿河は神様というものがいるのだとしたら恨みたくなった。
と、そこに神様……いや、救世主が現れた。
「ちょっ……この騒ぎは何ですか!」
異様な様子を聞きつけたのか、鍋騒ぎに渚が駆け付ける。
兄嫌いで有名な渚だが、今日は不本意にもそんな兄に用があったらしい。そうでなくては兄の半径10m以内に入るはずがない。
「おぉ、我が弟よ!今から鍋をするんだが一緒にどうだ? 味は保証出来ないが」
「何を考えているんですか馬鹿兄さん!駿河さんが食用な訳ないでしょう!それともとうとう脳が腐り始めてきましたか!?」
「俺の脳が腐ってきたらお前も腐ってくるだろうな。それが双子の運命だ」
「絶対嫌です。というか論点がずれています、駿河さんを解放してあげてください」
「じゃあお前が食材になるか? ペンギン料理……聞いたことがないな」
「……弟を喰う気ですか」
最早葵は食べられそうな物(者)だったら何でも良くなっていた。例えそれが仲間だろうが弟だろうが。
渚は落ちかけた眼鏡をかけ直し、傍若無人な兄に話に戻ってもらおうと試みる。
「兎に角……駿河さんは大事な仲間でしょう。料理なら雷智さんが得意なのではありませんか? 彼にフルコースなり何なりを作ってもらえば良いでしょう。さ、駿河さんを解放してあげてください」
「渚……お前だけはわかってくれると信じてたぜ!」
「チッ……融通のきかない、つまらない弟だな。おいお前ら、もういいぞ」
鶴の一声ならぬ、葵の一声。
えー、と残念がる声が圧倒的多数だったが、この我が儘で権力のあるリーダーに逆らえる者などいなかったので、渋々羽交い締めにしていた駿河を解放する。
「え? なんだい、もう終わりなのかい? 折角鍋を用意したっていうのに……」
「そう言うな、夜深。私だって火炎放射の準備は出来ていたんだから」
「お前ら……本気だったのか……!?」
駿河は解放された途端、ダッシュでメンバーから距離を取る。また葵の気が変わって鍋にするなどと言われたら、今度こそ確実に死ぬだろう。そうなったら渚ですら止められない。
この後、雷智がいつものように葵に扱き使われながら食事を作ったが、やはり駿河はみんなと距離を置いてそれらを食していたという。
暫く駿河の仲間不信は解けなかったとかなんとか。
Lose Control
(結局はいつもの日常)
2010.01.23