魂に潜むエゴイスト


 
 それは突然の再会だった。


 クロヴィスに仲間と呼べる友達はいない。呼べた相手が居たとしても、それは全て後に魂を食べる為の餌だった。彼はいつも孤独であったが、それを寂しいと思ったことは一度も無い。
 それでも本当の意味で気を許した相手が一人だけいた。タワーオブヘブンの同じ環境で育った、仲間とも友達とも、あるいは幼馴染みとも呼べる存在。もっとも、クロヴィスはその慣れ親しんだ場所がどうしても苦しくて、勝手に逃げ出したわけで、今は自分からタワーオブヘブンに行くことが躊躇われる。だから彼女がそこに居る限り、もう二度と会わないと思っていたのに。

 「やっほークロクロ!久しぶり!」

 自分のことをクロと呼ぶ人はたくさん居るけれど、この長ったらしい上に妙に可愛気があるのが不快な呼び方をするのは、今まで出会った中でも彼女しかいない。呼ばれたほうへ振り返ったところには予想通りの、自分が言うと皮肉な気もするが、小柄な体躯で子供っぽい雰囲気の懐かしい姿。相変わらず人型になったときに帽子が派手だと心の中で思う。

 「なんだ、リュシエンヌか。久しいな」

 ずいぶん久々にその名を口にしたとクロヴィスは思った。リュシエンヌと呼ばれたその女性――と呼ぶには少女過ぎる人物は、えへへ、と言いながら笑顔で敬礼していた。
 クロヴィスとは頭一つ分の身長差があるが、彼女のほうがよほど子供らしい雰囲気を出している。何がそうさせているかはわからないが、これが独特の雰囲気というやつなのだろうと思う。

 「風の噂では今は遠い地を廻っていると聞いたんだが?」
 「先程カロス地方から帰ってまいりました!」
 「まだランプラーなのか、可哀想に」
 「な、なによ!えぇ、そうですともそうですとも、闇の石探しに出かけたけど見つかりませんでしたとも!でも進化できることが幸せだと限らないからね!?私は進化できなくっても楽しいんだから!」
 「強くなれないことを嘆かずにどうする。進化は生き抜く上で当然のことだろう」

 呆れたように溜め息を吐く。クロヴィスにとっては力こそ正義であり、それが全て。圧倒的な力でここまで生きてきた彼にとっては他の平穏で温かい生き方など知らない。
 彼はタワーオブヘブンを出る直前にシャンデラへと進化した。力を得たからこそあの場所を飛び出したのだ。当時は偶然にも進化出来たと思っていたが、後から考えればあれは必然の出来事で、偶然などという曖昧な現象ではなかった。それは彼が絶対的な意志を持っていたからだろう、誰にも負けない強い力が欲しいという意志を。

 「クロクロは強いからそう思うかもしれないけどね、力以外の幸せだってあるんですから。それを言うなら私は何百年もちっちゃいままのクロクロのほうが可哀想なんだけどなー。中身はおじいちゃんなのに、ふふっ!」
 「……殺すぞ」
 「やだやだ、おじいちゃん怖ーい!」

 本物ではないが偽物でもない殺気を放つと、リュシエンヌは笑いながらそれを躱す。親しい距離がないと言えない言葉である。

 「君も同い年だったはずだけどな、おばあさん」
 「うわ、女性の年齢を公表するとか最低!クズ野郎!そんなんだからいつまで経っても根性ねじ曲がってるのよ!」
 「どうせもうお互いに寿命だ。君のその若作りが通用するのもあと少し。せいぜい最期までには進化していておくれよ」
 「……寿命の話は無しよ」

 リュシエンヌは急に悲しくなり、胸に手を当てて答える。
 彼女は体にちょっとした負荷をかけた若作りをしている。誰もがそのようなことを出来るわけではないが、彼女には生まれながらにして"魔女"としての素質があった。その力を自分自身に使い、肉体の成長を抑えている。もちろん、完全には抑えられるわけではないが、この見た目にしてすでに数百年生きてきたのだから上出来だろう。
 普段、成長することは止められない。生まれ、成長し、老い、死ぬ。自然の摂理を無理矢理抑止するということは相当の力が必要になる。そのリスクを負ってまで身体の成長を遅らせる理由が彼女にはあるらしい。
 クロヴィスは直接聞いたわけではないが、原因は十中八九、自分にあるだろうということはわかっている。そう思うのが辛くて彼女から離れたのにな、と自分らしくもない発言に思わず心の中で自嘲する。

 「折角"魔女"としての才能があったのだから、君まで無駄に成長を止める必要なんてなかったのにな。相当のエネルギーが必要だろう。"魔女"として生きていれば良かったものを」
 「私は"魔女"にはならないわよ。みんなに勝手に期待されたり策謀に巻き込まれたりするのってっ疲れるもの。バクバク魂を食べていればいいだけの人生!その方があんな化け物になるより何倍もマシよ」
 「シャンデラ族史上最大に太ってしまえ」
 「ほんっとクロクロっていちいち女心を刺激するわよね、もちろん悪い意味で!」
 「それは君がいちいちうるさいからだろう」

 これ以上彼女が自分の為に自身の人生を犠牲にする必要はない。さっさと忘れてほしい。と思いながらも、自分の為にここまで合わせてくれるのが嬉しいと思う気持ちも少なからずある。唯一の友達。唯一の心を許した相手。
 クロヴィスはこのくすぐったい感覚をどうしたらいいのかわからない。徐々に声が苛立っていることには自分でも気付いている。このどう表現していいのか分からない感情のせいだ。他の誰と一緒に居ても感じたことのない感覚。いったい何だというのだ。

 「あぁ、僕は忙しいからもう行くよ。君はいつも他人の心情を掻き乱しすぎる……それに今は君と居ることがバレたら面倒なことになる」
 「?なぁに、クロクロったら彼女でも出来たの?え?なになに?本当に彼女?」
 「そのほうがまだ良かったな……消せる存在のほうが」

 満足する答えが得られなかったリュシエンヌは口を尖らせてぶーぶーと膨れっ面をしてみるが、この堅物頭の幼馴染みにそれが通用するとは思えなかったので諦める。
 数十年ぶりの再会からまだ少ししか経っていないとはいえ、会わなかった間の空白は充分に埋まったように思えた。必要以上の多くを語らない彼は昔からその性格が変わらない。なので自分に背を向けて歩き出したクロヴィスを止めることはしなかった。もっとも、自分には彼を引き止める力がないこともよく知っていた。もしそんな力があったのなら数十年という空白の時間など存在しなかっただろう。

 「私がさっき言ったこと、あれ本気だから」

 去り行く彼に言った、一番言いたかったこと。今まで変わらなかった彼に変わってもらいたいこと。知ってもらいたいこと。リュシエンヌは間に合ったのだから、きっと彼も気付きさえすれば大丈夫だろう。

 「なんの話だったっけ?君の話はいつも長過ぎて要点がわからない」
 「だーかーらー!進化が全てじゃないし、強さだけが幸せじゃないってこと!」
 「そんなはずあるか」

 あるのよ、と小声で付け足したリュシエンヌの言葉はクロヴィスの耳に届いただろうか。既に足の止まらなかったクロヴィスと深く帽子を被り直したリュシエンヌとの距離は大きく離れていた。




 2014.05.12

 真実を求める男の子と真実を掴んだ女の子のラストステージがそろそろ始まろうとしているような気がするけど気のせいかもしれない。

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