真夜中だ。
俺は眠れなくて、うろうろして、公園に来た。
昼間よく寝そべっているベンチに行こうとする。が、既に誰か座っている。
其の誰かはヤツだった。側に、いつものでっけぇ犬が居たから直ぐ分かった。

確か前にもこんな事があった気がする。旦那と喧嘩して、プチ家出した時。その時もあの犬連れてベンチに座ってた。

「そこの家出娘サン」

声をかけると、チャイナは一瞬びくりとする。だが俺の顔を見た途端、深い溜め息を付いた。

「…お前。こんな時間に何してるネ」

「そのセリフ…そのままお返しするぜ」

「私は、散歩…アル。ね定春」

チャイナはデカ犬の頭を優しく撫でる。犬眠そうだな。

「…どうせまた旦那と喧嘩して家出して来たんだろ。」

「違う…。喧嘩なんかしてないネ。」

「じゃあ何」

チャイナは俺をじっと見る。何か言おうとしたが、口を閉じた。

「どうしたんでィ」

橙の細い髪を少し掬ってみる。普段なら凄い勢いで俺の手を払うのに。無反応。

「明日の…」

「明日?」

「結婚式。お前も出るのカ?」

俺が頷くとチャイナは小さく、そう…と言った。
明日は結婚式。チャイナの大事な、旦那と姐さんの結婚式。

「嫌…なのか?二人が結婚すんの」

「嬉しいアル。とっても嬉しいアル。
でも…とっても嬉しいのに。二人には幸せになって欲しいのに。寂しいアル。銀ちゃんがどっか行っちゃうみたいで…寂しいアル。」

チャイナの横で、デカ犬がすやすやと寝ている。チャイナはそのフワフワの毛を撫でながら、どこか遠くを見つめていた。

俺も。思った事がある。
姉上が土方と仲良く歩いて居る所を見ると、凄く寂しい気持ちになった。
姉上が嬉しそうにしていて、俺も嬉しい筈なのに。凄く、寂しい。
あの感じ。

「どこにも行かねえよ。お前を、置いて行く訳ねえよ。あの人は。」

「…うん」

旦那がコイツを置いて行くなんて有り得ねえ。
だって。

「今までだって、大事にされて来たんだからよ。」

チャイナはぽろぽろ泣き出した。透明の雫が、玉みたいにぽろぽろ落ちていく。
俺はチャイナの頭をくしゃくしゃしてやった。

「…うん。そうアル。そうアルね。銀ちゃんは。何処にも行かないネ。」

首のスカーフを解くと、チャイナの目を拭いた。

「ほら、早く家帰って寝なせェ。明日…早ぇんだろィ?」

「…そういえば。眠たくなって来たネ。」

「送ってやっから、そのワンころ起こしな」

チャイナはデカ犬を起こすと、俺の後について公園を出た。

でけぇアクビが出る。俺も眠くなって来た。早く帰って寝ないとなぁ、なんて思ってたら。急にぐいっと引っ張られる。
チャイナが俺の服の裾を引っ張っている。

「…なんでィ」

「おんぶ」

なにガキみてぇな事言ってやがんだコイツ。あ、そう言えば。まだガキだった。

「…嘘アル。手、握って。」

トロンとした目を擦りながらチャイナは言う。

万事屋まであと少し。俺はその冷えきった手を握った。