exe/青組
「ロックマンなんか嫌いだ」
僕入りのPETをベッドに叩きつけて、熱斗くんは出て行ってしまった。こんなふうに真っ白の天井が画面いっぱいに映ることはたびたびある。暫く経てば熱斗くんは戻ってくるし、えらそうに謝って、僕が仕方ないなあと許して終わるのだと思う。夕飯を食べたらいつものようにネットして、メイルちゃんたちとチャットしてるときには、もう喧嘩したことなんて忘れてるはず。
でも、喧嘩したあと熱斗くんの部屋にひとりきりのときは、決まって僕は考える。本当にいつ捨てられるかわかったもんじゃないって。僕だって少しくらいは怒っているし、泣きそうにだってなる。
もし僕かパパに作られた特別なナビじゃなかったら、もっとかっこいいのがいいなんて言って、別のに乗り換えられてたんじゃないかな。
それでも兄と明かすわけにはいかなくて、君は優しいから殆ど覚えていない兄のためだといっても、僕を戦いから守るでしょう?ずっと一緒だと言ってまるで本当の兄弟のように生活しようとするでしょう?
僕は現実世界では兄として君を守ることはできない。それに兄であろうとすればこの仮想空間ですら君の手助けをすることもできないのだ。
がちゃ、という物音にありもしない心臓が縮んだ心地がした。おそらく開いたドアから足音はしばらく聞こえなかった。違うか、と落胆した矢先、聞こえたのはママの声だった。
「ほら、熱斗!」
ここからは見えないけれど、ママが熱斗くんの背中でも押しているのだと思う。家を飛び出そうとして捕まって説教でもされたのだろう。熱斗くんがばつの悪そうな顔をしているのが目に浮かぶ。
「ロックマン、ごめんなさい」
けれども視点が変わって映りこんだ熱斗くんは、珍しくしおらしい顔をしていた。言葉だっていつもみたいにやけじゃない。一体どうしたんだろう。
「どうしたの熱斗くん、君がそんなに素直に謝るなんて…!」
「なんかさ、気持ちわかってないのって俺の方だなと思って。そしたらかなしくなって、謝らなきゃって思った。だからさ、ごめん」
「熱斗くん…」
ちょうど考えていたことが重なる。僕と君の気持ちはイコールではないし、分かり合うこともきっとできない。いくら熱斗くんが僕を知りたいと思ったとしても、僕がネットナビであるという壁を、一線を、超えることは許されない。
「でもさ、これだけはわかってるつもりなんだ」
なんだろう。そんなものがあるのかと純粋にわからなくて、首をかしげた。熱斗くんは照れくさそうにそっぽをむくから、ますますわからない。ごほん、と改まったように咳払いした熱斗くんが口を開いた。
「ロックマンって俺のことめちゃくちゃ好きだよなっ」
まるで頭の中をのぞき込まれたような。熱斗くんが僕の熱斗くんに向ける感情を理解してる保障なんてないけれど、その言葉には僕の気持ちが全て集約されているような気さえした。
「なんで知ってんの…」
「そりゃあ家族だからだろ」
当たり前のようにそう言って笑う熱斗くんに、なんだか拍子抜けしたというか、僕が難しく考えすぎていただけのような。
「仕方ないなあ、」
110924