たぶんね | ナノ

inzm11/吹風

「あついなあ」
「たしかに」

初夏がきたらしい。なまあたたかい風が湿っぽい肌をやんわりと撫でる。コンクリートが春よりも幾分強くなった日差しを照り返すから、屋上も過ごしやすくはなくなったようだ。吹雪は北海道出身だからいっそう暑さが苦手なはずである。

「風丸くん、喉乾いた」

案の定、顔を伏せてうなだれている吹雪を横目に、俺はずうずうと音をたててこれ見よがしに紙パックの中のジュースを啜った。からからと空気の混ざった音に変わると、あ、と吹雪が声をあげた――のは聞かなかったことにして、用済みのそれをごみ箱に投げ捨てる。

「そこに自販あるだろ」
「だって今日50円しか持ってない…」

ごそごそとポケットから出した吹雪の手のひらには、穴の開いた小銭しかなかった。めそめそとため息を吐くものだから、珍しく諦めるのかと思ったけれど、やはりそんなはずはなかった。まるで小学生みたいにわかりやすくむすっと口を尖らせて、俺を見てくるのだ。無言の圧力というやつである。
しょうがないなあ。小銭入れを開いて、同じく穴の開いた小銭を1つ、手のひらに乗せてやった。

「えー、100円くれたらペットボトル買えたのにい」
「俺も小銭は50円玉しかなかったからしかたないだろ」
「それってお札はあるってことじゃ」
「つべこべ言わずに買ってこいって。あとあげたわけじゃないからちゃんと返せよ」
「はあい」

吹雪は小走りで自販機のそばへ駆けていった。指先をボタンの上で行ったり来たりさせて、どれを買うか悩んでいるらしい。吹雪が何を選ぶかなんてどうでもいい。けれども胸がうずうずしてじれったくなった。

「買ってきたよ!」

紙パックのジュースを手に吹雪は帰ってくる。にこにこ嬉しそうにそれを俺に見せた。果汁100パーセントのグレープフルーツジュース、俺がさっき飲んだやつ。

「なんだ、俺と一緒のか」
「うん、美味しそうだったし、こんなに暑いから、さすがにイチゴ牛乳とかココアはないなっていう結論に至ったよ」

吹雪は隣に腰掛けて、紙パックにストローをつきさし、口いっぱいに吸いこんでごくんと飲みほした。ぷは、と息を吐くのを見て、同じ飲み物でも他人が飲んでいる方が美味しそうに見えるらしいと気づいた。

「おいしい!」
「よかったな」

少し悔しくて興味ないふりをして目をそらした。手にしていたものを失ってやけに自由な右手と、視界の端でちらつく黄色いパックがうとましい。ああ喉、渇いたかも。じいっと口元を見ていたみたいで、吹雪が振り向いたからどきっとした。よほど物欲しそうに見えたのだろうか、くすりと笑われてまた悔しい。

「ちょっとあげよっか?」
「いらねー…」
「まあまあ遠慮せずに」
「おい、んっ、」

ストローを唇につくぐらいに手前まで持ってくるから、口を開かずにはいられなかった。ぱくりとくわえて、ここまできたらお言葉に甘えて吸い込むしかない。
じゅう、と音をたてて一口含む。冷たくて甘くてちょっと苦い。ごくんと飲み干すと喉を食道をあの冷たい液体が通って胃に落ち込んだのがわかる。それぐらいに何故か乾いていたらしい。

「へへへ間接ちゅーだね」
「…何言ってんだよ」

一瞬息が詰まって、すごく満たされたような感じがした。どうって、よくわからないけれど、遠くから走って追いかけて呼んで、振り向いてくれたときの感じ、に似ていた。誰がって、確か小学生のとき好きだった初恋の女の子だったっけ。

「ふふっ」

吹雪は再びストローをくわえてジュースを啜る。もうグレープフルーツジュースは飽きたなあとか思いながら、なんとなくその口元を見た。今日は本当に暑いし、口の中に残ったジュースの後味は甘ったるかった。







110924




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