酸素とか水くらい/レイマリ | ナノ

博霊神社は柵もなければ門番もいないので、わたしでなくとも入りこむのは容易いだろう。その証拠にここを訪ねると、大抵翠香が来ているし、あの紫がお茶していることもある。そうでなくても、妖怪でこの神社と巫女のことを知らない者はいない。だが、喩え彼女が有名だとしても、一番昔から霊夢を訪ねていたのはわたしで、それなのに最近になって皆が彼女のもとに惹かれていくのが腑に落ちないのだ。その腑に落ちないというのは、嫉妬のように沸々と煮だつような気持ちではなくて、どちらかというと諦めや落胆に近いものであった。
縁側から綿埃が転がる廊下に上がり込んで襖を開けると、背を向けて座っている霊夢を見つけた。しんとした室内に、彼女が譫言のように呟く音だけが流れている。珍しくわたし以外誰も来てないようだ。馬鹿正直なわたしは、きつく結ぼうとするのに、口元が綻ぶのを止められない。

「足りない…足りないわ…」
「霊夢ー」
「食費もつかしら…」
「おーい」
「ううん…御札を作って売れば…」

二度も呼んだのに霊夢の独り言は止まない。霊夢がわたしを無視するなんてありえない。わかっているのに、なぜか少し不安になった。皆が霊夢の周りに集まってくるにつれて、わたしの感情はなぜだか不安定になっていく。こんなふうに突然不安になることが増えたのだ。とにかくそれを早く振り切りたくて、わたしは声を張り上げた。

「れーむ!」
「わ、魔理沙?来てたのね」
「無視されてるのかと思ったぜ…」

やっと霊夢はわたしを見た。彼女の様子からすると、単にわたしの声に気づいていなかっただけらしい。すると、霊夢とその背景がぶわりとぼやけ始めた。

「なに泣いてんのよ」
「あれ?」

これは涙なのか?まばたきをすると雫がエプロンに落ちて染みを作った。返事をしてくれただけで涙が出るほどに安心するなんて、わたしはおかしい。嬉しくなったり悲しくなったりが交互に訪れて、両極端で、そうさせる霊夢の存在はわたしにとって―――。

「…魔理沙?」

呼びかけられて、内側に引っ込んでいた意識が現実の方へ引き戻された。霊夢は訝しげにわたしを見ている。
今し方たどり着いた答えに首を横に振って、霊夢の視線をすり抜けるように卓上を見やった。そこには5枚の小銭が並んでいる。僅かな賽銭のようだ。

「え、少なっ。これ昨日の?」
「…一週間分だけど」
「うわー餓死するんじゃね」
「うるさいわね、何とかするわよ」
「キノコ分けてやろうか?」
「あんたの腹は信用できないからね」
「ひどいぜー」

今、わたしは笑えているはず。いつものやりとりに戻ったみたいで安心した。やっぱり、わたしが霊夢を好きなんて、そんなことあるわけないじゃないか。
深く息を吐いて、霊夢を見た。でも、次の瞬間には胸が高鳴っていた。霊夢は先程のやりとりのなかで、ひねくれたような意地の悪い表情を作っていたにも関わらず、その表情が一変したのだ。小首を傾げてわたしを見る霊夢は、綺麗で優しい微笑みを浮かべていた。

「まー心配しないで。あんたがここに来てくれるだけで、もうそれでいいのよ」

霊夢の指がわたしの頬を滑る。霊夢の睫がわたしの頬の端を掠めた。唇に残された熱が顔中に広がって、わたしの身体なのに止める術がない。心臓の音は頭蓋骨を反響しているようだ。

「え、え、れい、」

たった一瞬の出来事が、霊夢のこと以外考えられないくらいに頭をいっぱいにさせて、呼吸が途切れるくらいわたしをドキドキさせている。
そして、霊夢の唇はいたずらっぽく楽しそうに開いた。

「一応、お賽銭の代わりは貰っておくわね」







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