「ここの門番はてんでダメだなあ」
魔理沙は、器用にも立ったまま眠りこける門番と対峙していた。だが、監視はともかくとして、門扉の中央を塞がれているので容易には入れなさそうではある。箒を使えば敷地内にはすぐに入ることができるが、起こしてみるのも面白いのではなかろうか。そう考えた魔理沙は箒の柄で美鈴の額を小突いた…つもりだったが、勢い余って美鈴の後頭部を門扉に打ちつけてしまった。ゴン、と鈍い音が響く。
「あ、やっちまった」
「う…痛たたた…」
居眠りが大好きな美鈴も、この痛みにはさすがに目を覚ますようだ。しかし、美鈴は突然身体を震わせたかと思えば、頭を両手で抱えながら、何かに怯えるようにゆっくりと目蓋を持ち上げた。
「悪ぃ、頭大丈夫か?」
「え、魔理沙!」
「ああ、そうだぜ!」
眼前の魔理沙に気付いた美鈴は、素早く左右上下を確認すると、胸を撫で下ろした。
「よかったぁー咲夜さんにばれてない…」
「なんで咲夜?」
「あの人、今度わたしが居眠りしてたら、ナイフ千本飲ますって…」
「はあ」
「そうやって約束することを『指切り』っていうんでしょう?人間もなかなかデンジャラスな日常を過ごしているのねえ」
フフフと遠いところを見つめて美鈴は笑った。魔理沙が『指切り』について『ナイフ』ではなく『針』であること、また『千本飲ます』はただの心積もりにすぎないことを訂正しなかったのは、咲夜なら実際に飲ませかねないと思ったからだ。危険なのは人間ではなく咲夜個人である。
「ところで今日はパチュリーに用があるんだ。通してくれないか?」
「いえ、今日は門番らしく…!」
「らしく?」
魔理沙はスペルカード戦かと自慢の八卦炉を取り出して身構える。しかし美鈴は魔理沙に笑顔を向けると、鉄の門扉はギギギと擦れるような音をたててゆっくりと開いていった。
「お客様をご案内しようかしら」
「ほへーなんか拍子抜けだぜ」
「弾幕は苦手だしね。あと、このことは咲夜さんにはしーだからそこんとこよろしく!」
「わかったわかった!サンキューなー」
「いってらっしゃい」
美鈴は口元に当てた人差し指を静かに下ろし、魔理沙が珍しく紅魔館の扉を開けるのを見送った。彼女の入ったあとばたん、と扉が閉まるまで。それから再び口元に手をやって、小さく笑うのだった。
110205