円堂の家に行くには右折、俺の家に行くには直進。その別れ道に差し掛かった俺たちはゆっくりと足を止めた。最近俺はおかしくて、ほぼ毎日訪れるこの瞬間に、涙腺が緩むのだ。喉が乾く感覚に生唾をのんで唇を噛み、溢れないようにたえるのが常になってしまった。なぜかって、なんとなく、もう会えない気がするから。部活だってあるからそんなはずないってわかっているのだけれど。
「じゃあな、風丸!」
円堂が俺に手を振って歩き出す。どうすればいいかなんてわからなくて、いつものように円堂の背を見送ることしかできないはずだったのに。
「え、」
気づいたときには円堂のジャージの裾を引っ張っていて、勿論すぐに手を離したけれど、気づいた円堂はどうしたんだと聞きたそうに振り返った。身体が勝手に動いてしまったとはこのことで、その先のことなんて考えてもいないから、何を言うべきかさえわからない。
「風丸?」
「これは…その…」
はっきり言葉を返さないからか、円堂は表情を伺おうとしたんだと思う。顔を覗きこんでくるせいで、余計に言い訳が考えられない。頭まっしろで心臓は爆発しそうに脈打ってて、視界が涙で滲んだ。
「う…えんどぅ…」
「え、風丸?」
どうしても涙が引っ込まなくて、そしたら今までの不安や虚しさや円堂に対しての気持ちまで全部、流れてしまっていた。円堂のことがすきですきで仕方ないのに伝わらなくて伝えたくなくて伝わってほしくて、もうつかれたよ。
「ひっ、く…」
涙の膜でぐちゃぐちゃになった視界では、円堂の輪郭を捉えるのがやっとだ。その視界でゆっくりと肌色が近づいてくるのがわかる。それは視界一面に広がって、俺の目の縁をなぞって涙を拭った。
「よしよし」
後頭部と背に手を回されて、円堂の胸に引き込まれる。あやすみたいに背中をとんとん叩かれて、感じる体温が温かい。
「落ち着いたか?」
「うん…ごめん……」
「気にすんなって!」
胸から離れて、涙は止まってもう辛くはなかったけれど、鼓動が速いのはおさまらなかった。さっきまで抱きしめられていたことを思い出すとまた熱っぽくなる。引け目がちに円堂を見るとちょうど目が合った。唐突に顔が近づいてきて、一瞬、唇にふれたのは――。
「じゃあな!」
「えっ、えっ」
鼓動が鳴り止まない心臓を置いてきぼりにして円堂は走り去って行く。去り際に見えたのは彼の真っ赤な横顔だった。
101109